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いきなり重要な局面を迎えて途端に緊張してしまった俺とは対照的に、笹野先生は驚く程に落ち着き払っていた。


「葵が考えるような恋人の関係ではないかも知れないが、彼が私の気持ちに応えてくれたのは事実だよ」

「何それ?どうゆー意味?」

「父さんだけの恋人じゃない、と言ったら分かって貰えるか?」


先生の正直過ぎる返答を聞いて、俺の腕を掴んでいた葵くんの手に力がこもった。

葵くんが今どんな顔をしているのか、怖くて見ることが出来ない。
助けを求めるように先生を見ると、小さな声で「大丈夫だ」と言われ穏やかな表情を向けられた。


「彼はとにかくモテる上に、人一倍優しい子なんだ。難しいことを言ったのは私達の方なのに、それでも逃げずに、それぞれの気持ちにちゃんと向き合ってくれたんだよ」

「ッ……」


その表現はどうなんだ…と思ったけど、葵くんにはちゃんと伝わったようだった。
小さな声で「そっか…」と聞こえた後、俺の腕を掴んでいた手が離れて今度はぎゅっと手を握られた。
驚いて葵くんの方へ目を向けると、少しだけ不満が残る表情で上目遣いに俺を見つめる彼に「ライバルは何人いるの?」と訊かれ再び返答に困る。

先生も具体的な数字は伝えていなかったらしい。
そりゃそうか。


「えっと…それに関しては…ノーコメントじゃ、駄目かな…?」

「何で?別に相手が誰なのかまではきく気はないよ?」

「いや…」

「それを訊いてどうするんだ」


すかさず間に入ってくれた先生にほっとしてしまった。
葵くんみたいな純粋な子どもを相手に上手く説明出来る自信がない。
ここは先生に任せた方が良いだろうから、俺は黙って成り行きを見守る態勢に入ることにする。


「別に。知ってることが多い方が父さんの応援がしやすいと思っただけだよ」

「そう言って貰えるのは有難いが、これ以上のことは彼の名誉の為にも訊かないでやってくれ」

「葉太さんの名誉って何。それに人数が関係あるの?」

「別にそれだけの話じゃない。それに、彼が答えたがっていないことはお前も見たら分かるだろう。相手の嫌がるようなことはしたら駄目だ」


真っ当な理由で納得させるにしては内容がとんでもないな…と他人事のような感想を抱き、そんな自分にほとほと呆れる。
葵くんはやっぱり素直な子のようで、先生の言葉にそれ以上楯突くことはせず、寧ろ凹んだような声で俺に対して「色々きいてごめんなさい…」と謝ってきたから堪らずその手を握り返してしまった。


「俺の方こそごめん。ちゃんと説明もしてあげられないようなことをして、それで納得して貰おうなんてずるいよね。ごめんね」

「ううん。俺は別に葉太さんがずるいことをしてるなんて思ってないよ。父さんのことだって好きになってくれたんだから、それは俺も嬉しいし」

「っ…葵くん…」


この子はなんて良い子なんだろうか。
葵くんが良い子過ぎて余計に自分が惨めに思えてきた。

先生の言っていた通り、葵くんは俺達の関係に反対するような姿勢は一切見せていない。
それどころか今の状況を聞いた上でも応援しようとしてくれているんだから、こんな子を相手に俺は「ごめん」と「ありがとう」以外のどんな言葉を掛けたら良いのか。


「こんな俺がお父さんの恋人でも、本当に嬉しいって思ってくれる…?」


不安を抱きながら訊ねると葵くんは驚いたように目を瞬かせ、それからくすくすっと笑みを零して「当たり前だよ」と答えてくれた。
この時の葵くんの笑い方が先生とそっくりだったことに驚いてしまって、一瞬反応が遅れる。


「っ、ありがとう…!図々しいかも知れないけど、葵くんが良いって言ってくれるなら、これから葵くんとも仲良くなりたいなって思ってて…」

「え、ほんとに?」

「っ、うん……嫌、じゃない?」

「そんなの嫌なわけないよ!」


すっごく嬉しい!と言って俺の胸に飛び込んできた彼を反射的に受け止めながら「えっ!?えっ?」と動揺していると、後ろからすっと伸びてきた腕が葵くんの肩を押し返した。
低く咎めるような声で「離れなさい」と言った先生の言葉を聞いて顔を上げた葵くんが、悪戯っ子のような笑みを浮かべて「やだ」と答える。

その表情もそっくりだから、まるで先生が二人になったみたいで変にドキっとしてしまった。

って言っても決して中学生相手に不埒な感情を抱いた訳じゃないから。流石に。


「葉太さんが仲良くしたいって言ってくれたんだもん。いいじゃん。だよね?葉太さん」

「えっ?あ、うん、俺は別に…」

「良い訳がないだろう」


それとこれとは話が別だと言ってとにかく俺と葵くんを引き剥がそうとする先生に、最初は我慢していたけど堪え切れなくなって笑みを零してしまった。
俺が笑ったことに気付いた先生が鋭い視線を向けてくるから、それで余計に口元が緩んでしまう。


「先生…顔、怖いです」

「君の方は随分とだらしない表情をしているな」

「それは、すいません。つい…」

「…まあ良い。そろそろ夕飯の時間だ」


そう言って諦めたように立ち上がった彼がキッチンの方へ向かいながら「葵、手伝いなさい」と声を掛ける。
それに対して葵くんは「はーい」と返した後、俺だけに聞こえる声でこっそりと「父さんってヤキモチ焼きだね」と言ってにやりと笑った。
流石にそれには反応に困ってしまったけど、苦笑を浮かべながら「どうだろうね」と答えると葵くんは楽しそうに笑っていた。


それから、先生の手伝いをする為にキッチンに向かった葵くんの後を追ってみたは良いものの、俺が手を出せるような隙なんてなく。
二人の様子を見守っている間に気付いたら出来上がった料理が食卓に並べられてしまっていた。
結局何も手伝えなかった…と凹む俺を見て二人は揶揄うでもなく当然のような態度で穏やかに笑っていた。


「父さんと二人じゃない夕飯って久しぶりだね」


嬉しいなぁ、と言って笑う葵くんが漏らした言葉は、さらりと聞き流せるようなものではなかった。

隣の席に座る葵くんの方へ身体ごと向き直って、膝の上に置いた拳をぐっと握る。
突然そんな態度で真剣な表情を向けられた葵くんは驚いて目を丸くさせていた。


「葵くん」

「え…、はい」

「迷惑だと思われるかも知れないんだけど、」


そう前置きをすると葵くんも姿勢を正して俺に身体を向けてくれた。
真面目な話だと悟って、ちゃんと俺の話を聞こうとしてくれるところも感心するくらい大人びて見えて、それが逆に辛くなる。


「俺は家事とか殆ど出来ないし、頭も良くないから勉強を教えてあげることも難しいかも知れないけど、でも、俺に出来ることがあったら遠慮せずに頼って欲しい」

「っ……え……」

「葵くんは凄く良い子だから、我がままもあまり言わないのかも知れないけど、俺には好きなだけ甘えてくれて良いからね」

「………」

「こうやって一緒にご飯食べたりとか、どこかにお出かけするとか、そんなことなら俺にも出来るし、他にもして欲しいことがあれば遠慮、なく…」


ぽろり…と、葵くんの目から零れ落ちた涙を見て、続きの言葉を呑み込む。
慌てた様子で涙を拭う姿を見たら、どうしようもなく胸が苦しくなった。

両手を広げて「おいで」と声を掛けると葵くんは一瞬迷ったように瞳を揺らし、それから先生の反応を伺った。
こんな時まで大人の顔色を伺うなんて、一体今までどれだけ自我を押し殺して過ごしてきたのか。

それを思うと耐えられなくなり、俺の方からその小さな身体を迎えにいって、両手でそっと抱き締めた。




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