11
俺の後を追うように絶頂を迎えたらしい先生が、精を出し切った後にとさりと倒れてくる。
静かに息を整えながらぎゅっと身体を抱き締められ、俺の気持ちも幾らか落ち着きを取り戻したようだった。
「…笹野…先生…」
「ん…?」
「…好きって…言わせて貰えなかった…」
そんな呟きを零すと、直ぐに顔を上げた彼が困惑の目をして俺の顔を覗き込んできた。
どう言う意味だと訊かれそうだったから先に答えようとしたのに。
眉を寄せた彼が「今はもう、言ってくれないのか…?」と訊いてきたから、折角落ち着きかけていた気持ちがまた騒ぎ出す。
「先生…っ…俺、先生が好きです…っ」
求めてくれた言葉を口にすると俺の中に埋まったままだった彼のモノがぴくりと動いた。
「ん…っ」と小さく声を漏らして彼の腕にしがみつくと、彼が甘やかすような口付けを数回繰り返しながら囁きかけてくる。
「君から貰える言葉なら何だって喜んで受け取るよ。それが私に対する想いなら尚更、何度だって聞かせて欲しい」
「っ…俺さっき…変かも知れないって、言ってたじゃないですか」
「ああ」
「それ、身体がって言うより、頭の中がって意味で、」
「うん」
「先生が、俺の中にいると思ったら…何かもう、先生のことが、いっぱい好きってなって、」
それまで優しく相槌を打ちながら聞いてくれていた彼が、そこまで言うと「待ってくれ」と言って困ったような表情で俺の言葉を止めた。
「そんな表現をされたのは初めてで…、いっぱい好きって言うのは…」
「え、そ、そのままです。先生が、いっぱい好き…」
言い直すことなく同じ台詞を口にすると彼が額に手を当てて大きな溜息を吐いた。
どうして溜息を吐かれたのかが分からなくて困ってしまう。
ちゃんと別の言葉に言い直さなかったのがいけなかったんだろうか。
「いっぱいって言うのは、」
「良い、言いたいことは分かった。とりあえず一旦落ち着かせてくれないか。この状態のままだと都合が悪い」
そう言って彼は逃げるように俺の中からソレを引き抜いた。
俺が変なことを言ったせいなのかと思ったら悲しくなって、じんわりと目元が熱くなる。
でも、後処理を済ませた彼がその手に新しいコンドームの包みを持っているのを目にした途端に沈んでいた気持ちが一気に吹き飛んだ。
「っ、え、それ…」
「一応言っておくが、もしかしたら葵が早目に帰って来るかも知れないと思って今日はこのまま終わらせるつもりだったんだからな」
驚いた反応をすると意味を理解していないと捉えられたらしく、少しツンとした声で「そもそも遠慮していたと言うことだ」と言われた。
それが分からなくて驚いたんじゃない。
驚いた、と言うか…期待しただけだ。
「もう一回…シてくれるって、ことですか…?」
その期待を込めて訊き返すと先生が直ぐに手にしていた包みをピリッと破った。
鮮やかな手付きでゴムを着け終えた彼が、ソレの先端をヒクつく穴に押し当てて「次は遠慮も容赦も出来ないが、良いんだな?」と確認を取ってくる。
そんなの確認でも何でもない。
この状況で「やっぱり良いです」なんて言える人間は恐らくいないんじゃないかと思う。
やっぱり大人は狡い生き物だ。
そう思いながら、先生の首に腕を巻き付けて「葵くんが帰ってくるまで…」と返した俺は既に大人の世界へ足を踏み入れてしまっているのかも知れない。
***
あれから数え切れない程ドライでイかされ、おまけに射精も二回させられたら流石に俺の体力が限界を迎えた。
それでも意識があるだけ進歩したと言うか、段々とタフになってきているのかも知れない。
俺よりも断然動きが多い先生の方が疲れている筈なのに、行為が終わった後に俺の身体を抱き寄せて穏やかな表情で見つめてくる彼からはそんな様子は見受けられない。
それは言ってしまえば先生だけの話じゃないけど、彼の場合は年齢と職業から考えてどこにそんな体力があるのか不思議に思ってしまっても仕方がないと思う。
流石に失礼かなと思うから訊かないけど。
「先生…葵くんは何時に帰ってくるんですか…?」
「夕飯までには帰ると言っていたから恐らく6時過ぎだと思うが」
「じゃあ、まだまだ一緒にいられますね…」
そう言って胸にすり寄ると彼が優しく頭を撫でてくれた。
「葵が帰ってきたら君も帰るのか?」と訊ねられ、顔を上げてその表情を確認する。
少し寂しそうに笑っている彼を見て胸が疼いてしまった。
「俺がいても良いんですか…?」
「駄目な理由なんてないだろう。葵も君に会いたがっていると言ったじゃないか」
そっか…
まあ、関係を知られてしまっているんだから隠すようなことも特にないか…
「…でも俺…ちゃんと会話出来るかな…」
「そんな心配する必要があるか?」
「だって、先生の息子さんですよ。ちゃんとしなきゃって、思うじゃないですか」
そう答えると先生は驚いた反応を見せた後、嬉しそうに表情を緩ませ、それからそっと俺の身体を抱き締めた。
「私の方がちゃんと出来ないかも知れない」
「…え?」
「葵の前で普通の顔をしていられる自信がないよ。君に対する想いが態度に出てしまう気がする」
「ッ!」
そう言いつつもその声は柔らかく落ち着いていて、それで困っているような印象はない。
そうなって困るのは多分、俺の方だ。
先生にそんな態度を取られたら葵くんの前でもちゃんとしていられない気がする。
でも、それがどんな感じなのかを見てみたい気持ちもあったりして。
「俺の方が態度に出やすいのに、先生までそんな風になってたら絶対無理ですよ…」
「君がそうなる分には問題ないだろう。寧ろ初めから君がそう言う子なんだと葵に思わせた方が後々楽なんじゃないか?」
「え……そう、なんですかね…?」
「私はそれで困るようなことはないよ。表情を取り繕う必要はあるだろうが、失敗したらあの子に揶揄われるくらいでそれ自体も大したことじゃない」
「っ……」
それは、葵くんが相手なら簡単にあしらえるから大したことじゃないって意味なんだろうか。
彼が困らないと言うならそれで良いのかも知れないけど、だからって堂々といちゃつくのは流石に良くないと思う。
「出来るだけ普通にしていようとは思いますけど…葵くんの前では苛めないでくださいね…?」
控え目に訴えると先生は俺の身体をぎゅっと抱き締めながら愉しそうな笑いを含んだ声で「無理かも知れない」と漏らした。
いや、無理かも知れない、じゃない。
それじゃ本当に困るから。
「駄目ですよ。絶対駄目です」
「そう言われると余計にしたくなるな」
「っ、先生、」
「君は演技が得意なんだろう?子ども一人騙すことくらい簡単なんじゃないのか」
「それが出来たら先生の前でも平気なフリしてますよ」
残念ながら日常生活ではその力は発揮出来ないんだと伝えると、静かな笑い声が聞こえた後に先生が俺の上に乗り上げてきた。
俺の頬に手を添えてゆったりと優しく微笑む彼を見て思わず息を呑む。
「君は本当に、驚くくらい純粋な子だ」
「っ……そん、なんじゃ…」
「君のそう言うところが、堪らなく好きだよ」
「!!」
それは突然殴られたくらいの衝撃だった。
そんな言葉、受け取る準備も何もしていなかったせいで何の反応も返せない。
驚きで固まる俺の頬をそっと優しく撫でた彼が、耳元で悪戯っぽく囁いてくる。
「葵にはそんな可愛い顔は見せないでくれよ」
またあの子に嫉妬してしまう、と続けられた言葉を聞いて俺の脳機能はすっかり停止してしまったようだった。
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