2 えっと確か、えっと……あ、そう。矢野さん。 矢野修さん、だっけ。 前回のバイト先のスタッフの中にいたバンドマン風イケメンの人。 あの女子高生もイケメンに助けられて色んな意味で嬉しかっただろう。 顔は赤くなっているように見えたし、目は完全にきらっきらに輝いていたからな。 まあ、あんな事されたらイケメンじゃなくても格好良く見えるか。 もし矢野さんがいなかったらあのまま俺が出て行ってたかも知れないし。 いやでも、俺だと格好がつかない結末になってた可能性はあるな… 「ぼーっとしてるけど大丈夫?」 「ああ…うん………え?」 何も考えずに返事をしてしまった後で気付く。 俺、誰に返事したの!? 直ぐに我に返って、焦りながらも声のした方へと目を向けると。 「…え?」 「え、しか言ってないよ」 「いや、だって…」 何故貴方がここにいる。 俺の直ぐ側には、先程どこかへ消えた筈の矢野さんが笑顔で立っていた。 「さっき、どっか行って…」 「ああ、欲しい本があったから探してた」 「…そうですか」 そう言われて手元へ目をやると確かにそこには本が入った袋が握られていた。 と言うことはつまり、彼は一度レジへ行ったと言うことだ。 何故戻ってきた。 「俺に何か用ですか…?」 「ん?別に?」 「え。じゃあ何でわざわざ戻ってきたんですか?」 「…君がいたから?」 「何で疑問系…。てか、それならやっぱり俺に用があるんじゃないですか…!」 「だから特に用はないって」 はあ?え、この人頭おかしいのかな…? 用がないのに何で俺の所に来るんだよ…! 友達でもなけりゃ知り合いですらないのに…! あからさまに変な人を見る目で矢野さんを見たら彼はへらっと笑っていた。 やっぱり変人なの?この人。 よく分からないけどあまり関わらない方が良さそうだ。 「…じゃあ、俺はそろそろかえ…」 「待って。ちょっと君に訊きたいことがあるんだよね」 用、あるじゃねえか…! もしかして揶揄われてただけ…?と思った後、そう言えばこの人は浅尾さんのことを揶揄って遊んでいたなと言うことを思い出した。 そう言う人なのかも知れないけど、面識なんてないと言っても過言ではない俺を相手にして良いことではないと思う。 俺だって彼に揶揄われたところで気分が悪くなるだけだ。 そんな感じで不信感は募る一方だったけど、訊きたいことがあると言われたので一応「何でしょうか」と訊ねてみると一先ず本屋の外へと連れ出された。 「えっとね、拓のことなんだけど」 「たく?……あ、…浅尾さん、ですか?」 「うん。あいつ、この前から変なんだよ。仕事でもミスるようになったし、ほーっとしてること多いっつーか」 …へえ。そうなんだ。 そんなこと俺に言われたところで、浅尾さんの以前の仕事ぶりがどんなものなのかを知らないから何とも言えない。 「君、何か知らない?」 「は?何かって、何ですか?」 「だから、拓が変になった理由」 「いや、知らないですよ。何で俺がそんなこと知ってるんですか」 「え。だって君、拓と付き合ってるんだよね?」 …………は? 俺と浅尾さんが付き合ってる…!? 「つ、付き合ってませんよ…!」 この人は突然何を言い出すんだ。 何をどう勘違いしたらそんな話になるのか。 急にそんなことを訊かれた俺よりも寧ろ矢野さんの方が驚いてるから余計に意味が分からない。 「あれ?君、紘夢くんだよね?」 「そう、ですけど」 「……そっか。拓がフられたってことか」 フっ…………た、のか?俺。 あれってフったことになるのか…? そこんところがいまいちはっきりとしない。 確かに受け入れてはいないけど、ごめんなさいとも言ってはいない。 「てか、浅尾さんが俺に告っ……」 「こく?」 「……いえ、何でもありません」 「拓が紘夢くんのこと好きなのは知ってるよ」 「やっぱり知ってるんですね」 そうですよねじゃないと付き合ってるってワードは出てこないですよねはいすいません。 ちょっと訊きたいんだけど矢野さんは何でそのことを知ってるんだろう? もしかして浅尾さんが話した、とか? だとしたら何勝手なことしてくれてんだって話になるんだけど、それ以前に矢野さんの反応が普通過ぎない? 男同士であることについて何も思わないんだろうか? 「まあ、好きになっちゃったんだから仕方ないっしょ」 「ッ……俺、声出てました?」 「いや、もろ顔に出てた」 笑いながらそう言われてちょっと恥ずかしくなった。 俺ってそんなに分かりやすいかな… 「そう言うとこが可愛いんだろうなー。分かるわーとか思っちゃった俺もヤバいのかもなー」 「…はい?」 分かるわって何?もしかして浅尾さんの気持ちがってこと? だとしたら何で分かるのかが分からないんだけど。 もしかしてイケメンからしたら自分以外の男は可愛く見えるとか? そんな訳ないだろ。 意味不明な発言をする矢野さんを怪訝な表情で見つめてみたけど、それについては明確な答えは何も返ってこなかった。 「何でも良いですけど、矢野さんが欲しい答えは俺からは出ないと思うんで他をあたってください」 「それは分かった、けど。矢野さんって…」 「あれ?矢野さん、じゃないですか?すいません俺…」 「いや、俺は矢野だけど」 あってるんかい! 俺矢野じゃないです、みたいな顔するから間違ったと思ったじゃねえか! 何なんだよこの人。マジで理解不能だ。 「矢野さんとか他人行儀じゃん。修って呼んでよ」 「何でですか」 「……嫌?」 「………」 呼ぶ訳ないだろと思いながら訊き返したのに、彼が俺の反応を見て寂しそうな顔をするから一瞬罪悪感を抱いてしまう。 が、直ぐにそんなものは消えた。 だって、他人行儀なのは当たり前じゃん。 矢野さんとは一度しか会ったことがなかったんだし、そもそも会話すらしたことなかったんだから。 「嫌とかじゃないですけど、俺ら他人じゃないですか」 「うわ、冷た。紘夢くんツンデレ?」 「意味分かんないです」 「え、そのままの意味なんだけど」 「…ツンデレじゃないです。ツンもデレもした覚えありません。てかもう帰って良いですか!?」 浅尾さん以上に成り立たない会話に疲れてしまったからこの辺で切り上げることにする。 そもそもこの人、会話する気ないと思うんだよね。 「えー帰るのー?」 だから寂しそうな顔すんなって…! 帰るよ。帰らせてよ…! 浅尾さんの件なら残念ながら俺じゃ役に立たないことは分かって貰えた筈。 それなのにこの場を去ろうとしない、去らせてくれないのは何故なんだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |