魔風(複)




骨も同然の黒ずんだ枯れ木に生温い風が吹き付ける。特に寒いわけでもなくぶるりと肩を震わせて屋敷へ帰ると、眉間に皺の寄るような臭いがした。

「あの子、だいぶ雰囲気変わったわよねえ」

就寝前の紅茶に一口付け、ルッスーリアが小指を立てた。
辞書にも載っている表現で「狼」のようだった昔からは想像も付かないと、ひたきがアジトを訪れた丑三つ時の談話室は専らこの話題だった。

「あそこまでくると別人でしょ」

現在のひたきは、残酷さは皮の更に内側、肉の下にも身を潜め、ほぼ対極にある存在の人間につき従い、羊の毛のように柔らかで温かい笑顔もするし、時には皮肉めいたりもするが、冗談も口にする。

俺らがたまに口にする思い出話の中じゃ、ありえないこったね。
ベルフェゴールが、脚を組み直す。


「狼も、今となってはただ愛でられるばかりの飼い犬か」
「今でもときどき怖いところはあるけれど、」

空いていた席に腰掛けるレヴィ。レヴィと隣り合うことになったベルフェゴールが顔をしかめた。
甘い匂いのするクッキーを手にとって、ルッスーリアが苦笑いをする。

「どんなに凶悪な獣も、飼い慣らされてしまうものだね」

マーモンの丸い頭の上で、糸目なカエルのファンタズマが足踏みをした。


突然の銃声に驚いたからだった。


「あいつがただの愛玩用に見えんなら、お前らの目は大した節穴だなぁ」

「あらスクアーロ、帰ってたの」

銃声から間を置いて部屋に入ってきたスクアーロが、はん、と笑った。
何だこいつとでも言いたげな視線の数々を蹴散らして、足癖悪く椅子にどっかり座って左手の調子を気にした。


「飼われたにせよ、あいつは今も狼のままなんだよ」


談話室から少し離れた部屋の扉が開いた。不気味に赤い目を光らせ暗闇から姿を現したのは薄いシャツをはだけさせた、屋敷の主 XANXAS。

「どうした」

不気味な色をした眼差しの先は、静かに横たわるドレス。不規則な赤黒い斑点がぶどう色の空に沈んでいる。星のように、きらきらと輝くわけでもなく。

「ごめん やっちゃった」
「――ああ、こいつ先刻の女か」

鋭い光を残すままの、オリーブ色の瞳。オリーブの花言葉は平和というが、そんなもの知るかと打ち棄てたような目だ。また、そんな目とは逆に、彼女の表情は花言葉に従順な微笑をたたえていたのであった。

「このひと、私を娼婦と間違えるものだから」

真っ白なハンカチを女の顔に被せる仕草は丁寧そのものだった。しかしながらその目はやはり冷たく、女を殺したことに対して後悔はおろか何かしらの情すら見あたらなかった。

「かまわねえ。不味い女だった」
「ふうん…ならよかった」

弾丸は一つ、額を貫いたようだった。快楽に酔った動物ほど不用心なものはない。女の頭から流れ出た血液以外、汚れも荒れた様子さえなかった。


「酔いと狂気か……」


ひたきはその場にしゃがみ込み、女のドレスの裾を掴んだ。しばらくその色を見つめた後、女の返り血が付いた靴の先をグイとぶどう色で拭いた。











(夜と、金の狼と赤の瞳、そしてぶどうの花言葉。)


あきゅろす。
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