The rainy night.(S)

 


ただただ 川は流れていた。街灯の明かりを呑み込みながら、さらさらと。闇色の水は、わずかに音を立てている。


「やめて、こんな街中で。」
「別にいいだろぉ。人気もねえ。」


石畳の上にすらりと伸びた、双葉のような形をしている影。


「…好色って名前に変えたらどう?」


スクアーロの妖しい笑みの後に交わされたキスは、三度目で深くなった。夜の街には人目を憚る必要もない。男女が雌雄になるギリギリのラインに生える双葉。唇と唇が離れるのはほんの一瞬だった。


「酔ってるでしょ」
「たいしたことねぇよ」

「こんなに体火照らせて何言うの。」


ひたきはスクアーロの上機嫌に撓んだ弧を何とか割って入れた指で抑え、川の流れに沿って立つ金属製の柵に凭れた。

見上げた空には厚い雲が大きな群を成していて、風が吹いてもそう簡単には退きそうにない。スクアーロはもう一度橙の光に背を向けひたきを覆う。月が見えないと気を沈ませるひたきに、ここにあるじゃねえかと笑った。



「私が月だなんて初めて聞いた。」

「冷たく妖しい光で、どうしようもなく俺を誘うだろぉ」


目にも留まらぬ早業で獣は牙を剥いた。獣は柔らかな甘い実をかじる。ひたすら貪欲に、それだけを狙って口を開く。


「………やっ、」

「酔わせたお前が悪い」


柵の結合部分がくぐもった悲鳴をあげた。

さっきより一層激しい愛情表現。夢中になって絡む舌の擦れ合う音や、熱を帯びた犬のような息遣い、行き過ぎる水音がする。キスが深くなるにつれ、徐々に目の中の光は居場所を無くした。そろそろとシャツのボタンに伸びるスクアーロの手を止め、ひたきは目を閉じた。



「もう、帰ろう。」



息も絶え絶えに口の端を拭う。
スクアーロは不本意ながら我に返り、汗の臭いと混じっていた雨の匂いを嗅いだ。

加えて、ひたきを応援するように夜の町の片隅に冷たい風が吹く。



「風邪をひくから、ほら」


「そりゃいい。
体が熱くてしょうがねぇんだぁ」

「よくありません、」



スクアーロは一向に首を縦に振ろうとしない。
腕を引いても頑なに動かないので、次に彼ご自慢の艶やかな銀の髪を引く。雨が降らないうちにと急いでスクアーロを動かそうとしていたのだが、時既に遅く、ぽたりと滴がひたきの頬を打った。



「―――あ。」



滴が涙のように頬を伝って滑り落ちると、途端に数え切れないほどの雨が降ってきた。



「ああ ほら。
スペルビが粘るから。」

「なんで俺のせいなんだよぉ」


一瞬前とはまるで逆に、酷く濡れてしまう前にとひたきを急かすスクアーロだが、ひたきはさっぱり応じず鞄を探っていた。


「おい、呑気にしてる場合じゃねぇだろぉ」
「ちょっと待って、」




「――…なるほどな。」


「揃いも揃って雨男に雨女だから」
「…違いねぇ。」


ひたきが得意気に広げて見せたのは折り畳み傘だった。スクアーロと出掛ける日には必ず鞄の中に入れてある物の一つである。
何も言わずとも、スクアーロはその傘の中に入る。雨に愛された男と女で、相合い傘の出来上がりだ。


「寄越せ、俺が持つ。」
「うん。」


誰もが憂えた顔をする曇天の下、止まない雨の中をそれはそれは楽しそうに笑いながらふたりは歩いていく。穏やかな川のほとりを、ひとつの傘に仲良く収まって。

せせらぎが耳を流れていく。


「う゛おぉい。もっと寄れぇ」
「スペルビこそもう少し傘に……」


「何だか顔が赤いけど大丈夫?」

「よ、酔ってんだぁ」



冷えた手が愛しい人を抱き寄せる。
それがいつもの終わり。


優しい雨の降る夜の、秘密のランデヴー。








The rainy night.



あきゅろす。
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