眠れずに、湿っぽい部屋で枕を抱えて体の向きを変える。しとしとと降る雨の音も聞こえてきそうな夜だった。
(……アメリカが、独立した。)
兄さんの涙は時々見ていたが、あんなに悲しい涙は初めてだった。金の髪はぐっしょりと雨に濡れてうなだれていた。
(兄さん、顔が汚れてる)
(…ん。ありがとな、ハンナ)
慰める言葉が浮かばず、とっさにハンカチで顔の泥を拭くふりして涙を拭った。
もちろん弟が家族でなくなったのは寂しいけれど、私には兄が悲痛な笑顔を見せることが一番耐えられなかった。
「…自由なんかいいじゃない、アメリカ……」
目を瞑ると兄の顔が浮かんで胸が痛くなる。だから、煙った空を見ながらただ寝転がっていた。
「ハンナ、ハンナ――…!!」
潜めてかすれた声。
はっとして窓辺へ寄れば、アメリカの顔がひょっこり見えた。
「…アメリカ、何で、」
「もう、知ってるんだな」
「何…しに来たの」
きっと睨めば、アメリカは困り顔で、君はどうしてもイギリスの味方なんだな、と言った。
一階にある私の部屋には、容易く侵入できる。
アメリカはおもむろにひょいと脚を上げ、窓枠を跨いで堂々と部屋に入ってきた。
「君を攫いに来たんだぞ、ハンナ」
アメリカは無邪気な笑顔をしていた。
私の中で、イギリス兄さんの悲嘆の情に満ちた笑顔と重なった。
「どうして?」
「俺はイギリスから独立して自由を手に入れた。……けど、失ったものに今、気付いたんだ」
がし、と手首を掴まれる。いきなりのことには驚いたが、衝撃はそれだけではなかった。
「一緒に来てくれよ、ハンナ」
あんなに小さかったアメリカの手が、私の手を包めてしまうのだ。心の中に、えもいわれぬ寂しさが渦巻いた。
「No.――って言ったら?」
「別に構わないさ」
「何を言っても結果は同じだからね」
やはりアメリカは明るく笑った。そしてそのまま、彼は私をすくい上げた。いわゆるお姫様抱っこ、だ。
「だって言っただろう?君が何をしに来たのかと訊いた時――」
ああアメリカ、
「俺は君を攫いに来たんだってさ」
あなたは、あなたの兄や私から、どれだけの心の平穏を奪えば気が済むの?
「一緒に暮らそうハンナ」
「…絶対に嫌よ、おろして」
「残念だけどそれは聞かないぞ」
見る見るうちに遠ざかる家。そして、兄の眠る二階の窓。
嫌だ嫌だと泣き叫び暴れる私を難なく運ぶアメリカは、静かに一歩一歩確実に歩いていく。
「いや…放して………」
「静かに。
イギリスが起きるじゃないか」
突然割り入ってきて、熱くぬるぬるした舌が私の口の中で躍り狂う。
何度も角度を変えて重なってくる唇も、執拗に絡みつく舌も、湿って艶の出た息も全て紛れもなく、アメリカのものだった。
「さあ、もういいだろう?」
さめざめと泣く私の瞼にキス、アメリカは家に向かってウインクを飛ばした。
その家、二階の窓には、愛しい愛しい私の兄の影。
なあ、君のこと、一生たくさん愛するから。堕ちてくれるだろう、俺の元へ
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