私はある一枚のドアを凝視していた。
そのドアに不可思議な点は無い。世界のどこでも見るような、ごく平凡なデザインのそれだ。
私がわざわざ夜更けにドアを見つめているのは、その奥にいる人のせいだ。
部屋の主は我が恋人・バッシュ。
彼はおやすみ、と挨拶を済ませて部屋に入ると、目で追う間もないほど急にドアを閉めてしまう。
寝る前以外であるなら、彼も音を立てずゆっくりと閉めるのだが。
私はそれが不思議でならず、今夜、ついに侵入してみようと決めてここに立っているのだ。
いきなりドアを開け不意を突こうとも思ったが、なんとなくノックをする。
ま、待つのであるハンナ!と聞こえたのを無視して私は彼の部屋に入ってしまう。
そして私の目に映った真相とは。
「そんなに珍しいか」
ひらひらとフリルが可愛らしいパジャマ。ほんのり桜色が可愛らしさを助ける。
…それを、バッシュが着ていたのだ。
思わずじっと見てしまい、バッシュは不機嫌そうに口を開く。
「ううん、よく似合ってるよ」
「そ、そうであるか」
「リヒテンの手作りでしょう?」
にこりと笑えば、驚いた顔をするバッシュ。
彼はいかにも、何故私がそれを知っているのかとでも問いたそうな目をしている。
「な、何をする!………あ。」
後ろ手に隠していた服を手に、得意の早着替えを披露する。
いきなり目の前で脱ぎ出すものだから、さすがのバッシュも慌てたようだ。
「それは」
だがそれも一瞬で、彼は私の姿に驚いた。
「……我輩の物によく似ているな」
「私もリヒテンから貰ったの」
「……そうか」
多分バッシュより大分早くもらっていたはずだ。
そう教えると、バッシュはよく分からない顔をしてまた、そうかと言った。
「…知らなかったな、お前が毎晩何を着て寝ているのか」
「似合わない、かな」
「い、いやそんなことはない!」
バッシュの顔は、何だか赤い。
「とても…似合っている」
そう言って右の頬に不意打ちで落とされたキスがとてもこそばゆく、熱かったように思える。
きっと今鏡で顔を見たら、私は耳まで赤くなっていることだろう。
「ありがと、」
「………ハンナ」
「今夜は泊まっていけ」
彼は私の体をそっとベッドに押し倒すと、牙を剥き、優しく首筋へと噛みついた。
獲物の私は、小さく身震いをする。
月光に照らされた情事
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