スペインの朝は少し遅い。
広い目で見れば酷く遅いわけではないが、彼の家ではとりあえず遅い方だ。
「アントーニョー、まだ寝てるー?」
大きな窓からはみずみずしい朝の光がたっぷりと差し込んでいる。
ひょっこり彼女が顔を覗かせたその隙間から、冷たく澄んだ風と鳥の囀りが入り込む。
「アントーニョー?」
夢の向こうで、朝露のようにきらきらした声が呼んでいる。
「なんやー」
スペインはふわふわの毛布にくるまりながら間延びした返事をすると、またムニャムニャと口を動かした。
「…起きろ、ねぼすけ!」
頬に飛び上がるような冷たいもの。
「ひゃぁぁぁ!!」
スペインは、彼自身驚くような高音域の叫び声で目を覚ました。
勢いよく上半身を起こすと、真っ白なエプロンの端を掴んで撓んだところに新鮮なトマトを数個抱えた彼女がいた。
「なんやのん今のー!」
「トマト?」
「めっちゃ冷たかったで!」
自然に首をひねる仕草を見ながら、スペインの心臓は未だバクバクと跳ねている。
目をぱちくりさせると、くすくすと笑う頬が桃色であることに気付いて、一瞬張りつめた気も少し緩んだ。
「じゃあ手も?」
「うお、ハンナ、つめ、たい!冷たいから離して!」
「あーアントーニョあったかーい」
「や、やめっ、ハンナ…!」
ハンナの冷えた両手が潜り込んだのはスペインの服の中だった。
スペインの体は少し前までずっとぬくぬくと毛布にくるまっていたため非常に暖かい。
「もー…悪い子のハンナには、こうや!」
「わっ」
目にも留まらぬ早業、スペインは攫うように彼女をベッドへ引き込んだ。
ごろごろと床にトマトが散乱する。
「ロマーノが起きるまで、一緒に二度寝せえへん?」
「ロマーノはもう起きてます」
「そんなあ」
家でねぼすけさんはアントーニョだけだよ、と笑う彼女の額に、スペインはキスをした。
額の次は瞼の上、その次に鼻の頭、耳たぶ、そして頬、唇。次々に甘えるようなキスを落としていく。
くすくすと笑うたびに揺れる焦げ茶色の長い髪の先が、スペインの頬や首筋をくすぐった。
「さあほらほら、今日も張り切って働くよー」
「…あとすこし充電させてんか」
「いや、ロマーノが庭から睨んでるの」
「ええやんか別に」
肩にスペインの頭がはまる。就労で鍛えられた腕の力が、身も心も捕らえて放さない。
ハンナを抱き締めたまま動かずに、不思議やんなあ、とスペインは呟いた。
「俺、何でこないにハンナが好きなんやろ?」
吐息混じりの至極真面目な声が甘く鼓膜を揺らした
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