困ったことになった。
にゃー
「ハンナ……どいつ…がいい……?」
にゃーん
「ええっと……」
兄の菊と共にサディクさんの国へ訪れたのだがこの方、大変なお話好き。しかも今日はまだ日も高いというのに既にお酒も入っていた。兄を取られどうしても私はあぶれてしまう。
「ハンナ、お前は退屈だろうからその辺を見ておいで」と逃してもらったは良いものの、行く宛も無くうろうろとしていた。
「こいつ……ハンナに懐いてる」
にゃー
「は、はあ、可愛いねこちゃんですね」
にゃー
そうしたらいつの間にかヘラクレスさんの国まで来ていたらしく、お昼寝中のヘラクレスさんと出会っただった。
「……やまと、なでしこ……」と話しかけられたが、「名前……知ってる。ハンナ……」と言ってもらえて安心した。兄抜きでは初めてだが、忘れられてはいなかったようだ。
にゃー
「……難しい?」
困ったというのはそのあとのことで、ヘラクレスさんはせっかくだから一匹猫を連れて帰ったらどうだと勧めるのだ。
猫は大好きだが、連れて帰れるものではない。でもヘラクレスさんは次から次へと……
「ゆっくり……考えて。俺……寝る」
「ヘラクレスさん!
申し訳ありませんが猫は連れて帰れません!」
「……じゃあ、俺を連れて帰る……?」
「はい?!」
「………冗談」
ヘラクレスさんは悪い人ではない。むしろ面白くて親切で優しい。だけど訳が分からなさすぎる。「へんな顔」と言われ、力が抜けた私。彼は何気ない所作で私の膝に頭をのせ、目を閉じた。
まさかこのまま……と心配しだしたその瞬間、もう寝息が聞こえてきていた。
「へ、ヘラクレスさん」
にゃー
「すぅ……すぅ……」
「どうしよう、頬とか叩いてみようかな……」
ちょっと、パタパタするだけ。痛くないくらいに。それなら平気だ。そう自分に言い聞かせて、ヘラクレスさんの少し焼けた肌色の頬に手を伸ばす。
触れるまであと数センチ。そんなとき、遠くから微かに私の名前を呼ぶ声がして、はっと顔を上げた。
「嬢ちゃん!!ハンナ嬢ちゃん!」
「あ、サディクさん」
トレードマークの白い仮面がずれるのも厭わず、サディクさんがこちらへ駆け寄ってきた。そして、私の手のありかを見てぎょっとした。
仮面のずれをちょいと直し、サディクさんは小さく潜めた不鮮明な声で、耳打ちする。早く膝からヘラクレスさんの頭を落とせ、と。「おめぇさんの兄貴べらぼうに怒ってるぜ?!」と、何やら物凄く、焦っている。
「でも気持ちよさそうな寝顔です、そのような乱暴な扱いは気が引け―――」
「……ハンナ?」
その訳はすぐに分かった。サディクさんの背後に、異様な影が見える。
「あ、あー菊よう、こいつぁあれだあれ、そのなんだ、んんー」
「サディクさん、これはまぎれもない不純異性交遊ですよ許せません」
影の源は兄だった。菊はいつになく微笑んでいるが、いつになく表情が暗く恐ろしかった。妹の私でさえ、たじろいでしまうほど。
「男には簡単に気を許してはならないと、そう教えたはずですが」
「ご、ごめんなさい」
「帰ってみっちりお説教ですね」
「はい………」
この中でヘラクレスさんだけが、幸せそうな顔をしていた。
地中海の凍てつく風
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