かなりひまひまなプロイセンさん。
暇を潰すついでに得意の掃除で恩を売る作戦を思いつきますが、前回で身近な人の家には行き尽くしてしまったことを思い出しました。あと行けるとしたら……………
【スウェーデン】
(いやいやいや、何でこいつが選択肢にあるんだよ)
いつでも強気で図々しいプロイセンさんでも、意志の疎通ができないスウェーデンさんが苦手でした。けれども、クリックされたかr
ひょっとしたらIKEAの家具を安くしてもらえるかもしれないと考え、とりあえず行ってみることにしました。
北欧・スウェーデンに入国。
スウェーデンさんの家はもうすぐです。幸い方向音痴では無いので、足を止めない限り確実に到着はしますが……プロイセンさんはちょっとずつ不安になってきました。
そのときです。
「ん?あいつは………おーい!」
ちょうど向こうに女の人が見えて、プロイセンさんは元気に声を掛けました。ナンパではありません。ちょっとした知り合いだったのです。
女の人はプロイセンさんの大きな声に気が付き、振り向いて立ち止まりました。プロイセンさんはその人に駆け寄ります。
「よう、ハンナ!」
「どなたですか?」
「は?ふざけてんのか?」
「いえ至って真面目に」
「忘れちまったってか!なら思い出せ。こんなイケメンの名前を思い出せねえ訳がねえ」
女の人は北欧諸国の一人、ハンナでした。現在彼女個人は国ではありませんが、ノルウェーの一部となり存在し続ける今日この頃です。
「このところ、どうも身内以外の男性の顔と名前が覚えられなくて。すみません」
ハンナさんには夫がありました。ノルウェーさんです。彼女の限定的な物覚えの悪さは、やきもちやきの彼の呪術的な何かに因るものかもしれません。
「気にすんな、覚え直してくれればいいんだからよ。いいか?俺様はプロイセンだ!」
「プロイセン」
「そうだ!もう忘れんじゃねえぞー」
「はい」
さて、名前を覚えて貰ったところで、プロイセンさんはハンナさんにスウェーデンへ来た経緯を話しました。どうやらハンナさんに付いてきてほしいようなのです。
プロイセンさん一人では家に入れてもらえない(最悪話すらさせてもらえない)かもしれないけれど、ハンナさんがいれば絶対大丈夫!というのが建て前でした。
「はあ。スヴェッ……スウェーデンはちゃんとお掃除できる人ですから、行っても無駄だと思いますよ?」
「スヴェ?――いや絶対どっかは散らかってるだろ!」
プロイセンさんの脳裏には、日本さんの家を訪ねたときのことが蘇っていました。
彼の家はどこもかしこも片付けてありましたが、粘り強い交渉の結果、100年手付かずの蔵の掃除でこき使われました。流石のプロイセンさんも、あのときばかりはヘトヘトのくたくたになったものです。
「余所に行った方がいいですよ、北欧なら私が話を通しますし」
「ふーん、頼もしいじゃん。じゃあお前んちは?」
「えっ」
「駄目か?」
突然ハンナさんが固まってしまいました。悪気のないプロイセンさんは訳が分からず若干戸惑っています。ハンナさんは一瞬青くなった顔をふるふると振り、笑顔を取り繕いました。
「デンマークはどうですか?」
「お前んち駄目なの?」
「アイスランド……あの子は無理でしょうね」
「なあ」
「フィンランドもいいかもしれません」
「おーい」
「仕方ないですね、当たって砕けろでスウェーデンに聞いてみましょう」
まったくプロイセンさんは話を聞いてもらえませんでした。「ウチの旦那は人見知りなんです」「止してやってください」と必死に訴えられ、プロイセンさんはタジタジです。受け入れざるを得ません。
彼女の顔には、「男なんか連れてきたら殺される!!」と書いてあるようでした。そして、若干涙目でした。
「……あー、そしたら頼むわ」
「はい!じゃあ行きましょうか!スウェーデンいるかなあー」
「……………。」
スウェーデンさんの家に決まるとハンナさんは安堵し、一気に元の笑顔を取り戻しました。(やっぱり北欧は変な奴ばっかりだぜ)と思いながら、プロイセンさんはハンナさんと共に歩きます。
スウェーデンさんの家に到着。
ハンナさんがチャイムを鳴らします。プロイセンさんは持ち前のポジティブシンキングと強気な姿勢で臨むつもりでしたが、やはり少し緊張して深呼吸をしていました。
「大丈夫ですよ、スウェーデンは優しいので」とハンナさんが微笑みます。「分かんねえよあの顔じゃ!」と言い返すと、がちゃりと音がしました。
「…………。」
ドアが少しだけ開きました。その隙間から、ただならぬ威圧感が漏れだしてきます。スウェーデンさんが、誰が訪ねてきたのか覗いていました。
「Hej!スウェーデン!」
「……ん」
ハンナさんがニコッと笑って挨拶すると、スウェーデンさんはドアを出入りできるくらいに開けてくれました。
さあ用件の説明を、と振り返ると、プロイセンさんは目をぐるぐるまわして具合が悪そうでした。仕方ないので、ハンナさんが代わりにプロイセンさんの用事を伝えます。
「そか」
「うん、どこか無い?日本さんの家では蔵を掃除したらしいから、物置でも」
「ほだな」
「聞きましたかプロイセン、ありましたよ掃除するとこ…………ろ……」
プロイセンさんの体がぐらりと揺れ、後ろに倒れ込みました。
「!?」
「プロイセン?!」
ハンナさんは、白目を剥いて気絶しているプロイセンさんの上半身を慌てて抱え起こします。ハンナさんもスウェーデンさんも訳が分からずにオロオロしました。
プロイセンさんはとりあえずベッドで寝かせられることになり、ハンナさんはそのままプロイセンさんをお姫様抱っこで持ち上げベッドまで運びます。スウェーデンさんはドアを開けるなど道を作りながら、複雑そうな顔でハンナさんを見ていました。
「……苦しそう」
スウェーデンさんとハンナさんは二人並んでプロイセンさんを見守っていました。プロイセンさんは何かにうなされているようです。
プロイセンさんがどうして倒れてしまったのか、二人には皆目見当もつきませんでした。それからあれこれ話し合い、「プロイセンは疲れている」という結論に行き当たりました。
「掃除はいいからゆっくり休むといいね」
「だな」
プロイセンさんを気絶させたスウェーデンさんの威圧感は、見慣れているはずのフィンランドさんやエストニアさんなどいい年の人たちをも泣かせてしまいます。
フィンランドで不況によるサンタ不足になったとき、「子供にトラウマを植え付ける」という理由で、すぐ近所なのにも関わらず助っ人の候補にも上がらなかったほどでした。
「あれ?スヴェーリエ、眼鏡の度合わなくなってない?眉間にしわ寄ってるよ」
「ん……実はその内買い換えようかと思っどる」
「コンタクトは?」
「しねえ」
「スヴェーリエ眼鏡似合うもんね」
そんな雑談をしながら、スウェーデンさんがプロイセンさんの額に冷たい濡れタオルを載せてやります。するとプロイセンさんの瞼にぎゅっと力が入り、口がもぞもぞとしました。
「う……?」
プロイセンさんの真っ赤な瞳がゆっくり露わになりました。彼の目覚めを待っていた二人は早速顔を覗き込みます。
「プロイセン!どうして疲れているのに無理して他人の家の掃除をしようとしたんですか?」
「何言ってんだ、俺は疲れてなんか」
「ハンナ、まだ問い詰めんでね。……大丈夫け?」
「!!」
「ええっ!?」
プロイセンさんはまた気を失ってしまいました。
スウェーデンさんの顔を見た直後のことで、スウェーデンさんはもちろんハンナさんもびっくりです。
「何でスヴェーリエ?!」
「……わ、分がんね」
プロイセンさんが倒れた訳は、またしてもスウェーデンさんの威圧感でした。プロイセンさんの弟のドイツさんも威圧感を放ちますが、プロイセンさんが平気なのは弟の威圧感だけでした。
「私ちょっと迎えに来られないかドイツ君に電話してみる」
「ん」
ハンナさんはスウェーデンさんの威圧感に免疫があるので全く被害は及びません。そもそも感じていません。なので何故皆が彼を恐れるのか、常日頃から不思議で不思議でなりませんでした。
そんな彼女もノルウェーさんの威圧感には滅法弱いのですが……
「……ドイツは」
「うん、来てくれるみたい。『あー……兄さんが迷惑を掛けてすまない。すぐ引き取りに行くからもう少しだけ預かっていてほしい』だって」
「そか」
実際ハンナさんと話している間にも、スウェーデンさんの意志とは関係なしに威圧感は出ていました。しかしハンナさんには関係ありません。
もしかすると、世界で一番まともに穏やかに、しかも笑顔でスウェーデンさんと話ができるのはハンナさんなのかもしれません。
恩を売られたプロイセン
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