せせこましい電話の呼び出し音。
いつもは取りに急いでも先にルッツが取ってしまうから暫く無視していたのだが、今日はやたらと長引いていた。
「Guten Tag.」
(ああ、ハンナですか。)
「ローデリヒ?」
受話器の向こうからはローデリヒの息遣いがよく聞こえた。今日は寒いから、思わず息を漏らしてしまうのだろう。
(ドイツは家にいますか?)
「ねてる。かれこれ3時間くらい」
ぐうすかソファで昼寝中のルッツを横目に、久しぶりの電話を手にしている。
「で。どこまで行けばいいの?」
(…何のことです?)
「お迎え。
迷ったんでしょ?」
(そんなことありません)
照れているのだろうか。彼のセリフはしょっちゅう突っかかりながら吐かれている。
私はローデリヒがいかに方向音痴であるかをよく知っているし、もう何度もルッツが連れ帰ってくるのを見ている。今更恥ずかしがることなんかちっともないのに。
「それじゃあ私もお昼寝するので」
(お待ちなさいハンナ。)
「なに?」
(…………にいます。)
ぼそぼそと聞き取りにくい地名を何とか聞き取って、ルッツの手の甲に油性ペンで手紙を書いて、家を出た。
今走らせているのはルッツの車。ルッツ個人の匂いというより、私やローデリヒやギルベルトも、みんなを併せた匂い。おうちの匂いがした。
「おまたせー」
「まさかあなたに迎えを頼む日が来るとは思いもしませんでした」
「いいから乗った乗った!」
ローデリヒは外の冷たい空気を引き込んで車に乗り込んだ。ちょっと違う匂い。
そういえばもうすぐクリスマスだよね、と話し掛ければ、ローデリヒは毎年聞きますよその台詞。と笑う。
「――クリスマス以外にも、あるでしょう?」
くす、と笑って、ローデリヒはそれまで持っていた物をくれた。
「ショール。
うん、いい色だね」
「それあなたにあげます」
「ほんとう?!」
「あなたが今褒めたからではありませんよ?」
「、じゃあなんで?」
今貰ったばかりのショールを肩に掛け、アクセルを踏む。慣性の法則。ため息を吐いた直後のローデリヒががくんと倒れかけた。
「今日はあなたと私が出会った日ですよ、ハンナ。」
(神聖ローマ帝国。ハプスブルク。ローデリヒ。…)
何故あなたはこんなにも自分のことに疎いのでしょう、と苦笑する彼の表情を見ながら、ようやく閃いた。
「あ…ありがとう!!」
「やれやれ、やっと思い出しましたか…」
危うく無駄になるところでした、とローデリヒは前を向いたまま言った。おうちの匂いを肺一杯に吸う。それを一気に吐き出して、私は大声で笑った。
(私にプレゼント買うために、迷子になったんだこのひと!!)
もちろんローデリヒはいい顔をしなかったけど、私はそんなこと気にならないほどおかしくておかしくて…
「もうルッツ起きてるかなぁ?」
「プロイセンが起こしているでしょう」
「構ってほしくてねえ」
「温かいなあ」
今日は寒いのにね。ローデリヒの耳の縁が赤くなっているのをちらりと見て、言葉ではない何かを考えていた。
包み込むぬくもり
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