初恋(南)




「美しいお嬢さん、あなたは小鳥のようだね」


シルクの布の上を滑るように褒め言葉を一列。

落ち着いたブラウンの髪と、ダルトーンの緑の目。長いまつげが羽ばたきをして、俺を見る。


「どうもありがとう」
「よければ僕と一緒に満月を眺めませんか」

「……ええ、私で良ければ」


差し出した一輪の花を受け取って、女性はその花のように、柔らかく微笑んだ。
女性の名はハンナと言った。なるほど、名前まで美しい。

今夜はヴェネチアーノがいなかったから、家に招いた。特にやらしい意味は無い。
ただ俺の家からも月はよく見えた、それだけだ。


「そういえばあなたのお名前、
まだ伺ってないわね。教えて下さる?」


「俺はロマーノ。
たまに、ロヴィーノとも呼ばれてる」

「名前がふたつあるの?芸能人?」

「まあ…色々あるんだ。芸能人じゃあねえけどな」

「そうなの。どちらもいい名前なのね」


ハンナは目元から笑う。心から人と話すような、温かい人のようだった。
その笑顔がどうもさっきから、脳の裏をくすぐっている。

今夜は快晴だった。

月を見ないかなんてありふれた誘い方をしたが、本当に綺麗な月を見ながら、色々と話をした。


「私はね、お祖母さんと同じ名前なの。」


ハンナ・カヴァエーラ。

もう一度名前を頭に浮かべてみる。お祖母さんと同じ名前ってことはフルネームでそのままなのか。


「でね、姿形も似てるんですって。
お祖母さんの知り合いに驚かれるわ」


へえ、と言いかけて、口を噤んだ。脳裏でこそこそ息を潜めていたものが、強い電気信号で以て野を駆け巡った。

顔に一連の心の動きが表れていたらしく、ハンナはじっと俺を観察していた。


「同じ名前、姿…
そりゃ驚くだろうな」

「私も驚いたわ」

そう言ってハンナが取り出した写真には俺と、ハンナによく似た女性が写っていた。
俺は今より若干若い。ハンナやハンナの時代の物ではないことが窺える。
ハンナは「あなたは祖母の想っていた人とそっくりなのよ」と笑って、大切そうにその写真を鞄にしまった。


「祖母はこの人と愛し合っていたのだけど、家が苦しくてね。結婚はできなかったの」
 
「…俺がハンナといると、お祖母さんも浮かばれるかな」


「そうね。………
何故お祖母さんが亡くなっていると?」


「な、何となくだ。」

「そう。」


話していると、ハンナは本来絶対にナンパには乗らないし、あまり人と接したがらない性らしいことが分かった。

今回俺とこうして一緒にいるのも、俺が彼女の祖母の'恋人'に似ているからだろうか。



「ハンナ、好きな花は?」


「ネリネよ」


(そうね。ネリネかな!)試しに聞いたこと。遠くからも声が返ってきた。懐かしい、かつて恋した声。
声もまた似ているものだから、余計に目の前にいるハンナとあのハンナが重なった。


花言葉は、華やか、かわいい。
そして

  'また会う日まで'。


「そうそうロマーノ、
祖母のお墓によく差出人不明の――」



「ねえ、大丈夫なのロマーノ?」










墓前のネリネ



あきゅろす。
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