「俺を、愛さないか。」
朝日に照らされたときのように、自然と瞼が開く。刺さるほどの眩しさが無いことを不思議に思い、時計の針を見れば、まだ草木も眠る夜の最中だった。
そのときには何故か寝直すという選択肢が頭に無く、軽い欠伸を一つ枕元に残してベッドルームを後にした。そうしてとりあえず普段通りの姿勢でソファーに座ってみたものの、どうにもしっくりこない。脚を組み腕を組んで少し過ごしてみたが、何かが違う、と漠然と感じて落ち着かないのだ。
ドイツは、何も持たずに外に出た。
どのような道筋でその結論に至ったのかは当の本人にも定かではない。
夜の冷たさとすれ違いながら、足が覚えている犬の散歩コースを辿る。リードの代わりに、家の中に満ちている微睡んだ空気を握っている。犬の代わりに、何かあるかもしれないという――意識しないところで思うような曖昧な――勘を連れていた。
だいぶ歩いた。無計画な、意味や目的も訳も分からない散歩のわりには大した距離を来たのではないかと思った。
不意に足を止めたある川の橋の上で、彼は床について以来の人影を目にする。丸みを帯びた線や服装から、女性と判断した。
こんな夜更けの、人気の無い所で人に出会うなんて。
一体彼女は何をしていたのか。疑問を孕んだ視線を遠くから呆然と横顔に当てていると、突然彼女はドイツの視線に気が付いたように振り向いた。
(どくん!)
朝焼けの澄んだ静けさを思わせる、二つの青だ。
心臓が飛び出さぬよう、固く口を結んだ。まさか気付かれているとは思っていなかった。彼女はなにか…たとえば悲しみのような、大きなものに埋もれているから気付かないものと、てっきり思い込んでいた。
「ルートヴィッヒ」
とても懐かしい声だった。
「………、なのか?」
女は闇のベールを被ってくすんだ金の髪を微笑ませ、久しぶりねと言った。ドイツは物言いたげに口をわななかせる。
頭の中で持て余していた、難解なパズルのピースが一挙にはまる感覚。
気付けば普段の彼には考えられないような走り方をしていた。無我夢中で冷静さの無い、必死ささえ感じる全力疾走。
まるで疲れを知らない無邪気な子供が、大好きな人に抱きつきたくて走るような。
イタリアに感化されたのかどうかは分からないが、ドイツは女をきつく抱き離そうとはしなかった。
「ルッツ、」
「すまん」
「…ううん。違うの」
蚊が鳴くようだ。
吹けば消えそうな儚さであり、またその音量は川のせせらぎにも劣っていた。
その声で、
(私を、このまま絞め殺して)
彼女は死をねだった。
もちろん許せるわけがなく、ドイツは彼女を問い質した。
頭の中には、幼少の頃に出会った太陽の光のように笑う少女がいた。
友や可愛がった犬の死を乗り越える強さを教えてくれた彼女が、何故今更死など夢見るのか。
「滅多なことを言うな。」
「私は本気よルッツ」
「何があろうと無理な話だ」
長く問い詰めた。彼女はそれだけ言うと、ポロリと涙をこぼして言葉を滲ませた。
「さっき、恋人が死んだの。ヒトとは違う私を受け入れてくれる、暖かい人だった。」
「だからと言って死ぬのは浅はかだ」
あの人も寿命だったわ。前の恋人もその前の恋人も犬も猫も小鳥もね。
大好きだった。愛したし愛してくれた。
みんな…
「私、もう誰も愛せそうに無い。怖いの。愛したらいつかみんな死んでしまう…」
「………だったら、」
あなたの愛を切望する
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