その色をイギリスはよく覚えていた。
ユニコーンに袖を引っ張られて目を覚ました彼が、一番最初に見た色だった。
真っ白な背やたてがみに映える、花弁のようにしっとりとした深紅。ヨーロッパじゃ見慣れないその深紅の服を着た女は、彼の背で眠っていた。
「今日は姿を見ねえと思ったら」
お前が連れてきちまったのかと問うと、頭を撫でる優しい手つきに目を細める彼が頷いた。
肯定の動作を確認したイギリスは、椅子に座り直してため息をつく。
「俺は寂しくないって言っただろ、ばか」
「え、日本には帰りませんよ?」
「は?」
「だってハンナお前、いつもの格好と違…」
「兄上とお会いする時くらい、着物を着たいんです」
そう言って柔らかに笑う彼女が纏うのは、桜舞うあの深紅。
イギリスがユニコーンの連れてきた彼女と出会ったあの時の。
アジアの人々の持つ特有の艶やかな黒い髪が、窓から入ってきた淡い風に乗って光っている。
そんな髪に初めて触れたのは、人を攫った友を諫めたすぐ後のこと。
着物の模様から飛び出したかのような桜の花びらが髪に絡んでいたからだった。
「さて、兄上に振る舞うお料理を作らなくては!」
イギリスは慌ただしく跳ねる黒髪を無意識に目で追っていた。
それに気付いたのは、彼女が動きを止めたときだった。
兄譲りの黒い瞳に、鏡に映ったようにイギリスが現れる。
「……イギリスさん?」
「なあ、何でハンナはずっと俺の家にいるんだ?」
手際良くたすき掛けをしながら、女はニッと笑って見せた。
「方向音痴で外が怖くて」
「こないだ俺を迎えに来たじゃねえか」
方向音痴なら俺を迎えに会議室来れたりできないだろ、とイギリスが言えば、
ハンナは(分からないなあ、この人は)、と口に手を当てくすくすと笑い出した。
それを見たイギリスは少し気を悪くしたが、すぐにそれも忘れてしまった。
あなたが、お前の料理はうまいなって言ったからじゃ理由になりませんか
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