「ハンナ!!」
身ごもっていた猫がどうしても気になり、私は傘もささずに外に飛び出したらしい。
そんなこと、耳元で名前を叫ばれるまで気付きもしなかった。
母猫の健康は確認されたが、帰り道の相合い傘の下で、ヘラクレスに怒られてしまった。
「………探した…」
「ごめんなさい」
「…ん、風邪ひいてないなら…いい」
肩幅の広いヘラクレスと下に入ってもいいように、傘は少し大きい。
しかしやはり私を完全に庇うと彼の方ははみ出してしまい、ジーンズが分かり易く濡れて濃い色に染まっていた。
「くしっ」
「ヘラクレス、風邪ひいたんじゃ…」
「ん、気にするな」
「でも」
「気にするな」
変に強情な言葉に押され、ヘラクレスの顔色を見るのを諦めた。
私がまたまっすぐ前を向いたのを確認すると、ヘラクレスは安堵したようすで前を見る。
「俺…雨が嫌いだ……」
何かと思えば、実に唐突な告白。
どうしてかと聞き返すと、彼は訳を言うか言うまいか迷っているのか、沈黙が横たわった。
「………髪が、変になるから…」
「え?もう一回」
「湿気で髪が丸まる」
乙女のように恥じらいを含んだ返答をするものだから、
どれだけ酷いのかと、よく見ていなかったヘラクレスの髪を見る。
「………やだやだやだやだ」
見るなと暴れられた。
が、めげずに見つめ続けると、彼はその内観念して大人しく歩き出した。
「恥ずかしいからもう見るな……」
一カ所余さず髪の観察をしてみたのだが、私に記憶力が足りないのか、何一つ変化が見られなかった。
「いや、もうちょっと見せてよ」
「………羞恥…プレイ…か」
「は?」
「ハンナ、帰ったら覚悟…しろ」
「はい?」
そのときのヘラクレスは、顔を赤くして恥じらい可愛らしかったが、
何かぞくりとするようなものを孕んでいるのではないかと、勘の賜物が垣間見えた。
この日から、私の中には新たな掟が増えたのであった。
それでも相合い傘が好きだから
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