待たせて




会議が長引いた所為で帰りが随分遅くなった。

強すぎる個性を持った連中が集うのだ、その必然性は分かりきっている。


車から降り月を見上げた。知らない間に、すっかり高く昇ってしまっている。

時計を見れば、とっくにハンナは眠っている時間だった。多分今夜も今頃は、ベッドでぐっすりと眠っていることだろう。

待つと言われたが、帰りは遅くなるだろうからいつも通りに寝ていろと言っておいて正解だった。


俺も、今夜は何も食べずにシャワーだけ浴びて眠ろう。そう思いながら家に入る。


「おかえりなさい、ドイツ」


どきっとした。家の中が明るい時点でまさかとは思ったが、ハンナは起きていた。

いつ帰るか分からない俺を待って。


「た、ただいま…」


今まで読んでいたらしい本をしおりも挟まずに置き、俺のスーツのジャケットを受け取りに来た。

ジャケットを向こうに運ぼうとしたハンナを引き留めて、頬にキスをひとつふたつ。


「寝ていろと言っただろう」
「ごめんなさい、眠れなかったの」

「そんなに眠そうな顔でか?」


ハンナの目はとろんとしていて、口調も意識もはっきりとはしているものの、体が眠気を訴えていた。それでもハンナは眠気を否定する。だがそこはどうでもよく、俺は単純に嬉しかった。


「私、ドイツにおかえりを言うまでは寝ないって決めてたんだから」


そのおかえりという言葉も、眠気に堪えて俺を待っていてくれたという努力と時間も。

少し申し訳ない気持ちもあったが、やはり迎える者がいるというのは違う。


「すまん、こんなに遅くなるとは思わなかったろう」

「いや楽しかったよ。ドイツのこと、いっぱい考えられてね」

「そ、そうか?ならいいが……」


頬を掻いて言葉の続きを誤魔化すと、ハンナは背伸びをして口づけてきた。

いたずらが成功した子供のような無垢な笑顔に、長かった会議のストレスだとか疲れだとかも忘れて見入った。


「最初は寝ようと思ったんだけどね、」


ああ、彼女がいてくれて良かった。


「ドイツの疲れた顔を思い浮かべたら、私だけ眠ってなんかいられないと思ったの」


それだけを感じていた。ハンナは俺にとって、(物ではないが)必需品と言えた。

なくてはならない物なんてありあふれていて漠然としているが、今なら敢えて彼女の名を挙げるだろう。


「シャワーを浴びてくる。今度こそ、先に寝ていてくれ」


そして素直に頷いたハンナの、少し乾いた唇にキスをした。











ありがとうの代わりに



あきゅろす。
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