RAINY ROSE




たまに降ってくれる程度なら好きになろうとも思えたかもしれないが、連日の続く雨にはいい加減愛想が尽きた。


この雨だ、なかなか家から外に出ることが無い。だから、ついつい刺繍に熱中してしまっている。

ちょうど仕事が忙しくなる前に始めて中途半端になっていたものから手を付け、今は…幾つ目だ。


「ハンナ、紅茶でも飲むか………ハンナ?」


日本から来たハンナは、雨には情緒があって良いと言った。

春雨、驟雨、甘雨、白雨、慈雨、―――すらすらと出て来る雨の名前に驚いた記憶がある。


「ここです、イギリスさん!」

「こんな天気なのに庭で何やってんだ!」


刺繍針を握る前に横目で見た、湿度の高さに黒髪の光が少し鈍くなっていたのを思い出した。

完成間近の刺繍を止めて窓から庭を見下ろすと、傘も差さずに薔薇に寄り添うハンナがいた。


「薔薇を、見ていたのです!」


小糠雨が今日になって大雨になったので、心配で。と説明するハンナのあの髪は、ぐっしょりと濡れてより色に深みが増していた。


「そいつらはお前が来る前から、この雨に打たれて育ってきたんだ!そこまで構わなくても、咲くぞ!」

薔薇じゃなくて自分の心配しろよ、馬鹿。


「でもイギリスさん、この雨です。花が可哀想で…」
「いいから入ってこい、風邪ひいても俺は知らないからな!」

「そう仰らずに、あともう少しで入りますから!」


顔に似合わずハンナは頑固で、俺の呼びかけに答えつつもやはり薔薇を構ったままだった。

ハンナがビニールを株ひとつひとつに掛けてやる姿をただ見守る。

頬杖をつきながらひたすら待つことしか選択肢がないと、俺は初めて知った。







「ハンナ、もう寒くないか?」

「ええ、お陰様ですっかり温まりました」


なんとなく久しぶりに会ったような感覚のするハンナと向き合いながら、紅茶を飲んだ。


「しかし取れねえなあ、お前のその喋り方」

「これは…兄上がどなたにも失礼のないようにと躾てくださった賜ですから、なかなか。」


ふと気の付いたことを口にすれば、ハンナは苦々しく笑った。

ああ、もう取れなくなっているんだな。俺の口の悪さが取れなくなってしまっているように。


ハンナがあまりにもばつの悪そうな顔をしていたから、薔薇は幾つくらい咲きそうなんだ、と訊いた。

すると待っていたようにその助け舟に乗り、十は越えます、と微笑した。


「明日は咲いた姿が見られるでしょうか」


晴れるといいですね。あ、照る照る坊主でも作りましょう、イギリスさん、端切れはありませんか?

くるくると表情の変わる彼女を見て、俺はもう咲いた花を見た気になっていた。

そう話すとハンナの顔はぼっと赤くなって、そうそう、俺んちの薔薇はそんな色だ。と話が続く。






翌朝、ぐいぐいと俺の手を引くハンナの、乾いた後ろ髪が嬉しそうに弾んでいる。

今までベッドの感触が恋しかったことも忘れて、今度は彼女を抱き締めたいと思っていた。


「イギリスさん、早く早く!」


「なんだよ、急がねえと散っちまうのか?」

「さあ、でもとても綺麗な色をしているんですよ」


一瞬こちらを振り返った彼女の瞳には、もう既に薔薇の花が映っていただろう。

逆光でなければ見えないような繊細な産毛が、穏やかな日差しに当たって柔らかく光っていた。


早く薔薇の晴れ姿を見せたい、と。
確かに、いつもよりも些か俺の手を握る力が強いように思う。


「お前がそこまで喜ぶとは相当いい色なんだな、その花は」

「ええ、それはもう!」



「赤くなった時の、イギリスさんの頬のような色をしているんです」





昨夜君の頬と同じ色の薔薇を縫いあげたばかりだ




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