2010 B.D.(日本)




私の足音に紛れて、僅かにリズムの違う足音がしている。うまく抑えられているが、生憎と私は耳が良い。

きっと彼女は私の後ろに潜み、頃合いを見計らって目隠し、或いは振り向いた私の頬をつつくつもりでいるのだろう。彼女はそういう可愛いイタズラが大好きな、いつまでも子供のように無垢な方なのだ。

私は、彼女がイタズラを成功させたときの、夏の陽射しのような笑顔を見るのが何よりの幸せだった。だから今日も、気付いているけれど気付いていないふりをして歩いていた。無防備に背中を向けて、「さあ、いつでもいいですよ。私を驚かせなさい」と心の中で微笑むのだ。


「にほーん!!」


予想外の来客だった。
遥か前方にアメリカさんが見える。おーい!と叫んで腕を大きく振りながら、こちらへ走り寄っている。

私は嫌な予感がして立ち止まり、僅かに後退りをした。合わせて後ろにいる彼女も同じように立ち止まった。


「こんにちはアメリカさ………っ!!」

「だッ!」


「やあやあ日本にハンナ!元気だったかい?」


嫌な予感が的中してしまった。アメリカさんに、挨拶代わりのラリアットを喰らわされたのだ。


「何がやあやあですか!ばか!
………菊さぁぁぁん!!」

「ご、ごめん…」


私は彼のラリアットの衝撃に堪えきれず後ろに反り、後ろにいた彼女の頭と勢いよく衝突事故を起こした。

アメリカさんは恐らくじゃれたつもりで軽い力(彼にとって)だったのだろうが、彼女の頭は石のように硬く私の後頭部は酷いダメージを受けた。
ちなみに彼女の方はまったくダメージを受けていないことが、発言から窺える。


「私が分かりますか?!菊さん!」


道に倒れ、頭を抱えて痛みに悶えながら、よくある異性同士の「中身の入れ替わり」なんてハプニングを期待してみたのだがまるで無駄だった。
こんな状態でもふざけられるとは、私の頭は相当二次元に侵されているらしい。自分で自分を嘲笑い、私の意識は突然ぷつんと途絶えた。


「……ハンナ…」

「気が付かれましたか?」


目を覚ますと、私はあの場所からほど近い彼女の家で布団に寝かされていた。

私の顔を覗く彼女がほっと安堵のため息を吐いた。それを見て、私も何だか安心する。少し遅れて後頭部の痛みも目を覚ましたが、笑っていられた。


「あっまだ寝ていたほうが、」

「いえ。もう大丈…ん?」


上半身を起こすと、ぼたっと何かが落ちた。

何だ何だと不思議に思い下を見れば、そこには一つのハンバーガーがあった。拾い上げ、無言で彼女を見つめる。


「…アメリカさんの置き土産ですよ。」


呆れた様子で彼女は「ハンバーガーを額に載せれば、何でもすぐに良くなるそうですよ?」と説明してくれた。私は思わず苦笑を漏らした。
彼女が如何にアメリカさんを信じていないかと、話の内容が様々な意味でアメリカさんらしいと思う。


「そうそう、伝言を頼まれました。」

「ほう?」


「"日本、ハッピーバースデー!なんだぞ!!"」


一瞬彼女の新たな特技の発見に驚かされてしまい、何も言えなかった。
少しして「似てますねえ」と褒めてみると、彼女は余り嬉しそうにはしなかった。どうやら数時間前の事件を根に持っているらしい。

加えて「ハンナはアメリカさんの物真似がお上手ですね。」とも言おうとしたのだが、彼女の機嫌を損ねてはいけないと思い止めにした。


「菊さん、それで渡したいものがあるんです。」

「おや。何でしょうか?」


ふと浮かんだ「それはワ・タ・シ(はぁと)」というけしからぬ妄想を頭をぶるぶる振って掻き消した。瞬時に笑顔を取り繕いごまかしたが、偶然彼女は始めから見ておらず、私はむなしい安堵に胸をなで下ろした。


「おお、これはこれは」


彼女が差し出してきたのは、きれいに折り畳まれた着流しだった。受け取って広げると、隣で彼女が微笑んだ。


「今度着てみてください。」

「ええ、……」

「…どうかなさいました?」


彼女に採寸してもらったことがあっただろうかと疑問を抱く。
だが、私の視線にぽっと頬を赤くした彼女と先刻の妄想とが重なって、それももうどうでもよくなってしまった。できることなら今すぐ、海かネットで叫びたい。

これまでに愛してきた二次元のどの子より、ハンナは愛らしかった。

リアルが二次元に勝る時




あきゅろす。
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