罰(日本)




その人の背中は弱く、触れれば壊れてしまいそうな儚さを湛えていた。

けれど桜の木の下から目の前に架かる橋に向けられた視線には、後ろ姿からは信じられないほどの強さがあった。


「あら」

「彼を待っているのですか」
「ええ、約束なので」


彼女は夫を待ち続けている。

長い戦いの終わる少し前、遠く離れた南の島で命を散らした精悍な青年を。
愛しい人が彼女の名を叫び両手を振りながら、あの橋を渡って帰ってくるのを。


「もう春ですか…」


西瓜を冷やして待っていてくれ。
そう言い聞かせて彼女の夫が発ったのは、暑い夏のこと。

川のせせらぎに重い声を乗せながら、桜の枝を眺める。


「帰って来るのが待ち遠しいでしょう」
「そうですね」

「早く帰ってこないかしら、…」


女はそこで黙る。
日本の視線を追って、やつれた顔で微笑みを浮かべて見せた。

日本の髪に絡んだ花びらを摘んだその指は病的な、青ささえ感じるような白い色をしていた。


「日本様、気を使ってくださらなくて結構ですのよ」

「何のことです?」
「私本当は、ちゃんと知っています」


心臓が不気味に沈む。
(ああハンナさん、どうかその続きは言わないで)


気が付けば日本は女を抱き締めていた。言葉を発することも困難なほどきつく、きつく。


「あの人はもう、」

「お願いです…
何も言わないでください」


あの橋を見つめる強い視線は喪われた。
もう、彼女の強さを表すものは何ひとつない。

解れた緑の黒髪が、舞い散る桜のように儚く揺れた。


「ありがとうございます。
日本様のお陰で目が覚めました」


胸を濡らす露の温かさに、血が滲み破けるよう唇を噛みしめる。
その他に、彼女に覚られず密かに自分を痛めつける術はないように思えた。





嗚呼、嗚呼、嗚呼………



あきゅろす。
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