「ハンナさん、どこですか?」
一緒の夕食に誘おうと、日の落ち始める頃の、朝顔に囲まれた家を訪ねる。
「はーい!
ハンナはここです!」
彼女の家はいつも鍵が掛かっていない。
それというのも、私が訪ねてくるのを見越して開けているのだそうだ。
「こんにちは」
「いい天気ですねえ」
袖をまくり、庭の朝顔に水をやっている様子はとても涼しげで、一瞬肌を覆う汗の感覚も忘れていた。
縁側に腰掛け、待たされる間しばしの観察をする。(おや、今日は私が贈った蝶の髪飾りをしている。)
「菊さん、かき氷でも食べますか?」
「すみません、いただきます」
「すこし待っていてくださいね」
落ち着く暇もなく、ハンナさんはあちらへこちらへ、ぱたぱたと動き回った。
ちょうどよい涼風が一吹き。
彼女の膝に頭を預ける。
優しい手はそっと肩に置かれ、緩やかな扇の風は私の黒い髪を撫でた。
「こうするのも久しぶりですね」
「ええ」
「最近はちっとも構ってくれませんし」
楽しそうにからかうように、ハンナさんの声は極めて穏やかに流れた。
もちろん、彼女が私をからかうためにこんな声の表情をするとは思っていない。
………彼女は本気なのだ。
「寂しかったですか」
敢えて訊くと、彼女はふっと笑って、分かっているくせにと言った。
そして相変わらず、ゆったりと膝の上の私の頭から首にかけてを扇いでいる。
まったく寂しくなんかなかったですよ、と見せるように。
「ドイツさんやイタリアさんが時折訪ねてくださいますから」
「……それは困りました」
この間はアメリカさんが、私の家のお風呂の窓枠も壊しましてね。フランスさんが、イギリスさんが……
嬉しそうに話すその表情に、近頃やたらと来客があると思えばこういうことかと今さら気付く。
「もっとあなたに会いに来なければ…」
「あら、菊さんはお忙しいでしょうに。無理はなさらないでください」
「いえ、
私の恋路の一大事ですから」
膝枕から体を起こし、優しく彼女の両手を握る。
彼女が少し驚いて動くと、背中の方で、空になったガラスの器の中のスプーンがチ、と鳴った。
「…いつもそう言ってくださればいいのに」
いつになく真面目な顔をしたつもりが、ハンナさんは小首を傾げてくすくすと笑いだしてしまった。
「安心してください菊さん、」
躊躇うように掠れた声で、セミが鳴き出す。
「ハンナの心は、とっくの昔に菊さんに捧げております故」
「それはそれは」
「照れますね」
朝顔柄の風鈴が鳴る
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