「ねえ耀あのね、」
「駄目ある」
恥じらうような調子の端を、中国はぴしゃりと叩く。
小机の向こうでうっと声のつまる音がしたが、中国は目もくれず筆をしならせた。
「まだ何も言ってない!」
「こらハンナ動くんじゃねーある」
「ごめん」
会話が切れると、中国はまた黙って女に色を付け出した。墨の濃淡が少しずつ画を完成に近付けていく。
長時間同じ姿勢をとり続けている女は疲れに背を丸めるが、中国が時折顔を上げるのでその度に元の姿勢に戻っていなければならなかった。
「…今度は何拾ってきたあるか」
中国はふいに絵を描く手を止め、女の座る椅子の近くに座り込んだ。
犬、猫、鳥…と具体例を挙げていく中国の口振りには慣れが見受けられる。どうやら女は捨てられた生き物を見捨てることのできない質であるらしい。
「何にせよ飼えね…」
中国は言葉を失った。
耳を澄ますと、壁を隔てた向こう――家のどこからか赤子の泣き声がするのだ。
「…あの子なんだけど」
「とうとう人間を連れてきたあるか」
「なに、その汚いものを見る目は」
浮気ある、と中国の態度は冷ややかだ。
中国の態度がそうなるのも必然だった。
泣きわめいていた赤子が、覗き込んできた中国の顔を見るなり泣き止んだ。しわの無い赤子の顔に、思うところがあったのだ。
「ハンナに似てるある」
「――え?」
「目元がそっくりある」
「私は髪や鼻が耀に似てると思って…」
中国は赤子に女――ハンナの面影を見た。そして、一方のハンナもまた赤子に中国の面影を見出していた。
長い時を生きてきた互いだ、今まで何度体を重ねたかも分からない。
いつ授けられた子だろうかと中国は考え出したが、ハンナは産んではいないと冷ややかだった。
「耀、忘れたの?
私たちに子どもはできないのよ」
この世に神がいるのなら、何故彼女らに性と意識を与えたのだろうか。
「…そうだったある」
「残酷な話よね」
中国とハンナは国という存在に生まれた。それだけだった。
男女に生まれた二人が凡庸に恋をしても、体を重ねても、実らない。
性欲や性器を与えられながら、いくら愛を育んだところで、彼らは普通の人間のそれとの同様はあり得ないのだ。
「私は、耀の子どもが欲しいのに」
赤子はハンナの腕に揺られてすやすやと寝息をたてて眠っていた。
今にも泣き出してしまいそうなハンナを前に、中国は優しく微笑んだ。そして、赤子のしっとりしている柔らかな頬にそっと触れてハンナの目を見る。
「なら、今日からこの子を我とハンナの子にするよろし」
「…本当?」
「我は嘘はつかねーある」
ハンナの目に溜まった涙が、粒になって流れた。しかし彼女の表情には笑みがこぼれていた。
赤子ごと包むように、中国はハンナを優しく抱き締める。
「名前、二人で考えるある」
「うん…」
赤子は普通の人間の子だった。このまま育てば、いつか老いぬ親を気味悪く思う日がくるかもしれない。
しかし、それでもよかった。
この赤子の存在がほんの少しでも、ほんの一瞬だけだとしても、永久を生きる定めの中で二人を慰めるものであるならば。
何故天は悠久を与え給ふた
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