八重歯、ちらり。(中国)




「老王!」


ぱたぱたと忙しそうな足音がする。

王さん、と呼ぶ声に振り返れば、そこには見慣れない姿のハンナがいた。燿は思わず固まってしまう。


「……ハンナ、菊に毒されたあるな」

「え?」


おおよそ公の場を出歩くに不向きなデザイン。そして彼女らしくない露出度の高さ。隠そうともしない複雑な表情でハンナを見た。

彼の大きくまん丸な瞳が半分しか覗かない状態に、ハンナは戸惑い目線を右往左往させた。


「我の知ってるお前はコスプレなんてしない子だったある!!」

「コ、コスプレ?!」


燿は両目を覆い、ワッと泣き出すようなリアクションを取った。欧米人並に大袈裟なものである。

その彼の傍らでハンナは「確かにコスプレだけど、そうじゃなくて……」と小さな声を紡ぐのだが、燿にはまったくと言っていいほど届いていなかった。


「毒されたんじゃありません。今日はハロウィンでしょ?」

「あー……そういえばそんなのもあったあるな」

「アルフレッドさんや菊が、ハロウィンには仮装をするんだって言ってたんだよ」


ポケットからごそごそと取り出したものをハンナは自ら頭につけ、仮装を完成させる。

白い耳。尾。ハンナはどうやら、猫をモチーフにした仮装をしたかったらしい。


「似合う?」


くるりと一回転するハンナを見ながら、燿の脳裏にあるキャラクターがよぎる。菊からぬいぐるみを貰い、上司に口を書かれてしまったものの気に入っている、例の猫だ。

あれにそっくりというわけではないが、完成されたその仮装はハンナによく似合っている。燿の贔屓目をもってしなくても、十分かわいらしかった。


「……その格好で、ぶらぶら出歩くつもりか?」


だが、燿は敢えて何も言わなかった。

顔に血が集まってくるのを感じながらも、彼は決して平常心を見失わない。


「うん。だって、そういう日でしょ」


行かなきゃ、と扉を差すハンナの手。燿はそれを優しく捕らえると、くいと体を引き寄せた。胸の中、ハンナはそっと彼の名前を呼んだ。抱擁の意味を確かめるように。


「行っちゃだめある」


束縛の抱擁。
――束縛と呼ぶには緩すぎる腕の力だ。


「老王?」


空いている方の手を何の気なしに燿の腕に添えてみると、少しだけ締め付けが強くなった。


「ハンナ、その格好は他の誰かに見せたか?」

「着てそのままここへ来たよ」

「………良かったある〜」


(こんなに可愛くて刺激的なハンナは、他の奴らには見せられねぇあるよ) 燿は弾んだ声でそう囁いた。

そんな囁きの台詞と安堵のため息が耳にかかると、今度はハンナの方が顔から耳を赤くし、身を強ばらせてしまう。


「せっかくのハロウィンなのに……」

「まぁ、そう拗ねんなある」


ハンナを束縛していた腕を解くと、手を肩に置いてキスをした。

唇と唇が離れると、燿はわざとらしくハンナの目をのぞき込み、意地の悪い顔をして笑った。


「とりっく おあ とりーと?」


「も、もう帰る……!」

「帰るのもだめあるー。
我が許可するまで、ウチにいるよろし」


また、束縛。






八重歯、ちらり。



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