君は忘れていた




「お願いします!」


中学生活も終盤となり、俺達は進路を決めた。
香子はウチの負担にはなりたくないと、地元の普通の高校を志望していたはずだった。


「何やの香子、急に改まって?」

「私も聖十字学園に行きたいんです!祓魔師になりたいんです!」

「はあ、?」

「祓魔師になって、稼げるようになったらきちんとお金はお返します!ですから……!」


俺が東京の聖十字学園に入るということで、親と喧嘩した数日後のこと。

学校が終わり家へ帰ると、香子の大きな声がしたから何事かと驚いた。
香子は、居候だからと常に遠慮して何も言わずに育ってきたような奴なのだ。


「良いも悪いも。あんた、竜士達と別の学校行こうとしてたん?!」

「えっ?!」

「いややわ、てっきり香子も竜士と一緒や思てたのに!」


俺と香子は幼なじみであると同時に、許嫁だ。

ある夜に独りになった香子は遠方に引き取られることになり、バラバラになるのを親父が食い止めてくれた。
座主血統の息子と朝里家の娘が結ばれる、これ以上望ましいことはないというのを建前にして。


『香子ちゃん、香子ちゃんは大きなったら何になりたいん?』

『坊のお嫁さん!』

『あらー、ええ夢やね。おばちゃん応援するわ』


香子はあちこちを渡り歩く祓魔師の一族に生まれたが、一時期明陀宗に身を寄せていた。香子と、俺と志摩と子猫丸は、そのときに仲良くなった。
特に香子は俺に懐いていて、俺と結婚するだなんて言っていたこともある。親父はそれを覚えていたのだろう。


「じゃあ……?」

「明日、先生に進路変更しましたーって言いなさい」

「はい!」

「それにしても、竜士と別の高校に行こうとしてたやなんてなあ。喧嘩でもしたんか?」

「いえっ、寧ろ坊には毎日勉強とかお世話になってます」


香子は俺と許嫁になったことを知らなかった。もちろん周りは皆知っているのだが、香子だけが、分かっていない。

一度離れ、再会したとき、親父は俺に『お前の嫁はんになる子や』と紹介した。
幼い香子は喜んだが、本気のこととは捉えておらず、やがて忘れてしまった。


「あ!あんたまた遠慮したんやな?あれほど、家族やから遠慮はいらん言うてたのに!!」

「ごめんなさいいい」


周囲は、許嫁だから常に側に……というより、俺達が一緒にいるのが自然だと思っているのだ。当たり前すぎて、信じるどころか、疑うことを忘れている。
今回のこのやり取りも、真実を知らない奴と他とのギャップによるものだった。


「……おかん、何しとんねん」

「頭グリグリの刑や。この子また他人みたいな遠慮しよったから!」

「ああ、坊!助けてくださいイタタタタ!!」

「お前はもうちょっとそうやって解して貰ったらええわ」

「そんなー!」


慕われているのは、昔と変わらない。しかし、俺は兄のように思われている。
俺と許嫁だという真実を知ったとき、香子はどういう反応をするのだろう。俺達の関係は、どうなってしまうのだろう。

いつか必ず、香子が真実と対面する日が来る。俺はその瞬間が、怖かった。








 



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