4.1 午前10時V




ハンナは僕を見ると、必ずと言っていいほど抱き締めてきた。昔は素直に嬉しかったけど、今では何というか照れくさくて、いつも抵抗してしまう。


「ハンナちゃん、すぐに来てくれるって!」

「僕たちのこと知ったら絶対驚くね、ハンナ」
俺たちのこと知ったら、絶対驚くべなあハンナの奴!

「………」
………

「どうしたの、スーさ……ノル君?」

「いや、なんでもね」
いや、なんでもね。


よく羨ましがられるけど、ハンナに抱き締められるのは昔から日常茶飯事で、さして特別なことなんかじゃなかった。ハンナが僕に触れずにいられるかなんて、考えたこともなかった。

フィンが連絡を入れてからしばらくして、ハンナがやってきた。ハンナが会議の場に現れるのは、随分久しぶりのことだった。
事情も聞かされず、ただ「来て」とだけ言われたハンナは、今僕達の身に起こっていることは何も知らない。


「God dag!」


フィンと話しているハンナの姿を見て、僕は初めて「いつもの」があるのか気にした。
ぎゅーっとされるのも僕が僕の体にいるからで、僕は今、ダンの体にいるのだ(意味分かんないけど)。ハンナがダンを好きで触っているところはまだ一度も見たことがなかった。


「あ!」


びくっと肩が跳ねる。反射的だった。

恥ずかしい。今の僕はダンなのだから、反応するのはおかしいだろうに。ハンナは僕の隣の、ダン(体は僕だ)を見ていた。それはもう、キラキラとした目で(ダン・ビジョンなの?)。


「アイス〜っ!!」

「うわっ」
おぉ?!


僕もダンも、お互いどうするべきかと顔を見合わせる。しかし何かしらの結果が出る暇もないまま、ハンナはまっすぐダンの前に来て、当たり前だが何の躊躇もなくぎゅっと抱き締めた。僕はダンの体にいながら、複雑な気持ちで呆然と自分を見つめていた。
ダンは持ち前の鈍感さで防御しているが、普段から可哀想な扱いばかりされている人だ。だから今のように優しくされると戸惑ってしまうようで、すっかり固まっていた。


「God dag、デンマーク」

「おう」
こんにちは


夢中でぎゅうぎゅう僕なダンを抱き締めながら顔だけこっちを見て、ハンナはこんにちはと言う。僕もこんにちはと返す。ダンな僕とハンナの会話は、それだけで終わった。
"フリ"をしなくても口調は勝手に変換されるらしく、そのまま僕はダンでダンは僕と、疑われもしなかった。


「……あれ?アイスが嫌がらない……」


あまりにも普段とのギャップが激しすぎて、僕はきょとんとしてしまう。
一瞬かつあっさりすぎる挨拶に思わず「え、それだけ?」という問が口を突きそうになった。冷静に考えてみれば、ハンナはダンにはいつもこうだったかもしれない。というか、これくらいの温度が普通だろう。


「どうしちゃったの、アイス……?」

「ああ……あのねハンナちゃん、これは」


僕はいちいち抱きつくの、止めてくれないかな。なんて思ったことがある。他の人になれたら楽なのに、とも。
でも不思議なもので、実際になってみるとこうだ。「どうしてハンナは抱き締めてくれないの?僕のこと、嫌いになっちゃったの?」と、僕の中の幼いところが呟く。


「でれでれすんな」
でれでれすんな。

「ス、スヴェーリエ……?」


目が覚めて、ダンになったんだと気付いたとき、僕は混乱したけど案外冷静だった。どうしよう、と困ったけど、同時にこの体なら子供扱いされないんだとワクワクした。


「どうしたの、スヴェーリエ?」

「ハンナ、おめはちょっと黙ってれ」
……ハンナ、おめはちょっと黙ってれ。


でも、僕は僕の体じゃないとダメだ。と思った。たとえ子供扱いされることばかりだとしても、この寂しさは堪らない。他の人になって、ハンナがハンナじゃないみたいな接し方をされるのは嫌だ。
中身がダンなばかりにスヴィー(ノーレ)に首根っこを掴まれる僕を他人事のように傍観しながら、僕は自分の体に戻る方法は無いかと考えて始めていた。













自分は自分であるべきである


「デンマーク、何傷ついた顔してるの」
「え?」
え?


僕(ダン)とスヴィー(ノーレ)が睨み合っているのをしばらく不思議そうな目で見た後、ハンナは不意に僕の顔を見て話しかけてきた。
ハンナは、「デンマークにそんな表情は似合わないよ、気持ち悪い」と言ってけらけらと笑う。




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