4.1 午前7時




目が覚めると、そこは見知らぬ場所だった。
俺は冷静に状況の把握をしようと就寝までの記憶を辿りつつ、眼鏡を探していた。ベッド脇の小テーブルに置いて寝たのだが、今はそのテーブルさえ無かった。

そして、はたと気付く。


(眼鏡掛けてねえのに、よぐ見える……)


これは一体どうしたことだろう。やはり記憶と目の前の現実は何一つとして結びつかない。昨晩は酒も呑んでいないし、早めに眠りに就いたから、何も要素がなかった。
いよいよ混乱してきて頭をがりがりと掻くが、ここでもまた違和感が発生する。髪が長いのだ。自分の髪は短く切ってあるのに……


「ノルウェー。今朝は起きるの早いね、おはよう」

「………ノルウェー?」

「えっ、もうあなたなんて呼ばないよ!みったくないんだから……」


カーテンを開けに来たハンナを見て、俺はふと、少し昔の夢を見たのかと思った。しかしそれでは眼鏡や髪のことは解決されない。すぐに違う、と気付いた。
ハンナは俺を見て、確かにノルウェーと言った。聞き返せば、恐らく時々しているであろう会話の返事をしてくる。


(俺はノル……なのか?)


ハンナの顔を見つめたまま呆然としていると、ハンナは「ノルウェー、口、口。開いてるよ」と笑い、「顔でも洗ってきたら」とタオルをくれた。


「今日会議でしょ。北欧だけとはいえピシッとしなきゃね」

「おう」


まだ鏡を見ていないので確定したのではないが、きっと俺は何かの間違いでノルの体になっているのだ。いくらなんでも俺とノルを間違える訳がないのだから。


「………ねえ、ノルウェー。私ノルウェーに言わなくちゃいけないことがあるんだけど」


顔を洗って戻ってくると、ハンナが朝食を並べて待っていた。
席に着いた途端なぜかハンナの表情や声が強張って、俺は何なんだと柄にもなく緊張してしまった。ハンナはコップの牛乳にも手を付けないまま。


「私ね、」


椅子を脚で押して立ち上がり、ハンナは俺の耳元へと唇を寄せる。この家には二人きりで、聞かれたら困る者などいないというのに、ハンナは本当に小さな声で囁いた。


「お腹に赤ちゃんがいるみたい」

「?! やや……?」

「う、うん」


すっと席に戻り、はにかみながらわずかに頷くハンナ。とても柔らかい顔をするハンナとは対照的に、俺の顔は石よりも硬かった。ハンナはそんな俺の反応が面白いらしく、にこにこと見つめている。

俺は小さな頃から最近までずっとハンナと一緒で、ハンナが身ごもるなんて想像もできなかったから、自分の耳を疑った。


「なんてね!嘘だよ、エイプリルフール!」


それだけではない。俺は失って気付いたわけだが、ハンナを少なからず愛していた。そりゃ、衝撃的なわけだ。
それにしても、ハンナが幸せならそれでいいのだと、何も考えようにしていたのに……まさか。まさか。


「びっくりした?」

「ん。たまげた……」


結婚せずとも続くと思っていた俺とハンナの時間は終わり、ハンナは永遠にノルのものとなった。妻として。ノルといるハンナは、俺の知らない人間だ。

もしずっと俺がノルのままなら、彼になりすまし、夫と妻としてまたハンナと暮らす。俺の知らないハンナを見付け、失った時を取り戻し、子どもを育てながら生きていくのだ。それでもいいと、思えてきた。


「ややは男け?女け?」

「それはまだ分かんな……って、ノルウェー?!嘘だってば、嘘!」

「……嘘?」

「そうだよ、今日はエイプリルフールでしょ?」

「……………」


朝食を食べる間も歯を磨く間もずっと考えていたのに、俺はハンナの話も聞かずに、独り騙されたまま悶々としていたらしい。
ネクタイを締めながら急に恥ずかしさがこみ上げてきて、鏡から目を逸らし手で赤い顔を包み込んだ。


「ご、ごめんてば……。
ってえ、ノルウェー顔が赤……っ」

「〜〜っ」


最後に見たのは、まん丸に開いたハンナの目。俺は顔を見られたくなくて、ハンナを抱き締めた。


「なっ……!」

「みっだぐね……」











エイプリルフールの幕開け


「……会議が終わったら、二人で散歩さ行がね」

まだ照れが抜けきらない顔に向かって、私は「いいよ」と即答した。ノルウェーは嬉しそうに微笑むと、そのまま会議へ行った。

寂しいとか物足りないという意味ではなしに、おかしい、と思った。いつものノルウェーならいってきますのキスをせがむし、そもそもあんなに恥ずかしがったりしない。それにおはようのキスも強請られなかった……。驚きの連続で見逃していたが、考えれば考えるほど、もやもやした。




「……あ、フィンのフリするの忘れた。電話しとこ」




あきゅろす。
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