Because it is work.




日付は密かに替わる。

嫌々入った(というより、入れられた)この学校だが、ようやっと卒業の日を迎えた。目を瞑って眠り、朝日が昇って目を覚ませば、俺も晴れてここから出られるのだ。




Because it is work.
仕事ですから。




ひたきがと知り合ってから、時が過ぎるのが早かった気がする。嫌で嫌で仕方なかった学校が、少しだけ楽しみになった。

ひたきが長期の任務でいなかったとき、知らずに傷付いたこともあった。それで"ひたきのいない学校なんか堪えられない!"と、脱走し勝手に地元へ帰ったのだ。
そこでは、ある事件で親父が死んだり、仇の奴を倒してボスを継ぐことになったりと、色々あったもんだ。


ひたきはあの冗談みたいな契約を守り、仕事の日以外はずっと俺の側にいてくれた。けど、それも卒業をもって終わり。
ひたきは卒業したら、稼業に専念することになっているそうだ。これからは完全にファミリーの一員、それも幹部候補として動くのだろうとリボーンも言っていた。


「ごめんね。これからはもっと仕事が忙しくなるから、ディーノくんのこと、守れなくなる」

「心配すんなって!俺の部下はお前ほどじゃねえけど、結構やるんだぜ?だから、俺は大丈夫だ!」

「うん……」



今日の別れ際、ひたきが見せたあの表情は何だったんだろう。
もしかしたら"お前がいなくても大丈夫だ"アピールが、裏目に出てしまったのかもしれない。いや、それとも別の何かなのか………?

などと考えている内に、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。







パァン!!!







突然の銃声に、俺は跳ね起きた。

まだ夜は明けておらず、部屋は真っ暗だ。おまけに寝ぼけ眼で頭もスイッチOFF、状況はなかなか理解できなかった。


「―――ディーノくんから離れて」


ひたきの凛とした声が通る。ひたきに牽制された誰か――恐らく男――が、静かに舌打ちした。そいつの靴音がする。"ひたきの声がして"、"誰かが舌打ちしながら俺から離れた"。それだけは分かっても、ちっとも何が何だか訳が分からない。そっと枕元の明かりを点けた。


「ス、スクアーロ?!」

「いよぉ゛坊ちゃん……」


間違えるはずもない。綺麗な銀色の髪、銀色の剣を携えた俺の同級生。そして、ひたきのパートナーでもある。

橙の灯りにぼんやり照らされて、スクアーロの横顔が見える。俺は彼を認識すると同時に、ゾクッとした。
静かな……いや、静かすぎる表情だ。人を殺すのなんて何ともないことだ、とでも言うような。同い年とは思えない、悲しいほどの冷徹さを湛えているのだった。


「ディーノくんは殺させない。彼はまだ、私の守るべき人だから」

「……よくやるぜぇ」

「スペルビもね。私がいても構わず、隙あらばディーノくんを殺そうとして」

「そりゃそうだろ?こいつは危険だからなぁ……何せ、お前をたぶらかして俺から奪おうとしやがる」


虫も殺せねえような甘えツラしているが、こいつは悪魔だ。そう言いながら、スクアーロの三白眼がぎょろりとこっちを見た。俺はピシッと固まる。ヒ、と声を漏らす以外はその視線や殺気が恐くて動けなかった。
そんな俺の姿を見て、スクアーロは顔をしかめた。そして、何故こいつなんかが。と呟いた。


「ディーノくんはそんなことしてない。守らなければならない人だから、側にいるだけ」

「どうだかな」

「彼を守り安全に家へ送るのが私の仕事である以上、あなたは彼に傷もつけられない。
……そもそも彼はキャバッローネの跡取りで今や10代目ボス。同盟ファミリーの重要人物に手を出せば、面倒なことになるからね」

「ハッ。結局、俺はこいつを殺せねえってことだろぉ。畜生めが」


俺は二人の話を聞けば聞くほど怖くなった。俺がすやすや呑気に寝ている間、どれくらいスクアーロが俺を殺しに来て、どれくらいひたきに守られていたんだろう。

飯代だけでひたきが俺を守る仕事を引き受けてくれたのは、自分が関わることで俺を危険な目に遭わせる羽目になるその責任、罪滅ぼしだったのだろうか。
そう思うと納得できるのだが、何だか虚しくなった。それから、虚しい以上に「仕事だから」という言葉が痛かった。


「さあスペルビ。部屋へ戻ろう。私達がここにいては、ディーノくんが眠れない」

「……じゃあな」

「お、おう。二人ともよく寝ろよ」

「ありがとう。おやすみなさい、ディーノくん」


スクアーロの背を無理矢理押しながら、ひたきは俺の部屋を出て行った。コツコツという靴音が、次第に聞こえなくなる。俺は気を取り直してベッドに潜り、鼻先まで布団を被った。今度こそ眠るんだ。

朝日に目を覚ましたら、卒業式。卒業式を終えたらこの学校を出て、ひたきと一緒にロマーリオたちの待つ地元へ帰る。地元に着いたら、そこでひたきとはお別れだ。

そこからは、俺はキャバッローネファミリーのボスとしての、ひたきは一流の殺し屋としての日々が始まる。
もう俺の「側にいたい」というわがままの為に、ひたきがしょっちゅう痛々しい傷を作ってくることも、それを隠さなければならないことも無くなるのだ。


「……俺、卒業したいのかなあ………?」


同じ裏世界にいるとはいえ、お互い別々の暮らしが待っている。だから、そう簡単にひたきには会えなくなる。
頻度もそうだが、次に会うときが来るとすれば、立場の違いもある。二度と、こんな平等な関係にはなれないかもしれない。俺はそれが寂しくて怖かった。

ただ、きっとひたきはそうは思っていないだろう。ひたきは仕事で俺の側にいた。初めから、俺の思う関係とは違うふうに捉えていたはずだ。


(そしたらひたきは平気なのかも。俺のことは何とも思ってないわけだし、スクアーロがいるから……)


悶々とするのに疲れて、俺は目を閉じた。瞼の裏に、ひたきの色んな表情が浮かんでは消えていった。


(あーあ、夜って長えよなあ)











(余計な感情なんて無いの)




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