Cheap pay





会いたかったのに。再び関わり合うこと、側にいることを望んでいたはずなのに。
今は彼女が怖くて、彼女の前から逃げ出したくてたまらない。





Cheap pay
安い報酬





「お、おまえはスクアーロの――
「喋らないで、君のせいで今いらいらしてるの」

「……!」


「…………そう、それでいい」



ひたきの目に俺はいなかった。
映ってはいるのだが。以前の彼女なら、あんな目を俺にむけたりしなかった。
視線の目的は俺というわけではない。その事実だけが、俺の思考を自由にしていた。


「このまま静かにできるならいてもいいよ。でも、できないよね、君は……」



ひたきの冷たく鋭い光は奴の目を射て、一瞬たりとも逸らさない。奴は蛇に見込まれた蛙――射竦められて動けず、またひたきから目が離せなくなっているようだった。



「私がどうしてほしいか、分かる?」

「は、はい……!!」



見つめ合いはしばし続いた。ひたきが目線を外し瞬きすると、奴はまるで魔法が解けたように動き出した。奴はまずきゅっと体の向きを反転させる。そして、先程まで殴りたくてたまらなかった俺には目もくれず、一目散に屋上から姿を消した。

あっという間だった。俺はなんだか、取り残されたような気持ちだ。バタンと音を立て閉まった扉を見つめる。俺はどうすべき役なのか掴めずに、ぼんやりとしていた。



「あなたは行かないの」



声をかけてきたのは、向こうだった。はっとした。今は"噂の彼女"ではない。何かといえば、随分久しぶりに思える"いつもの彼女"の感じだ。
あの恐ろしい彼女ではないということで、俺の緊張感は徐々に解けてくる。



「俺?―――だよな」



俺が彼女に寄らなくなってから今まで、俺からはもちろん、彼女から近付いてくることもなかった。だから"いつもの彼女"を感じることは、胸の穴が埋まる気がして嬉しかった。



「あれだけ脅した後だから、彼にはあなたに八つ当たりするような気力は残ってない。だから、戻っても平気だよ」



ひたきの目が俺へと向けられた。ここで、"いつもの彼女"の感じに違和感が生じる。背筋にくるような冷たさはないものの、受け入れられている感じがしない。寧ろ、遠ざけようとしているのかと思えたのだ。



「俺はここにいたい」



けれど嫌悪は感じ取れなくて、俺はまっすぐ彼女と向かい合った。
嫌われているのではない。思いこみに過ぎないそれを力の源に、俺はひたきと一緒にいたいと言った。



「私に関わると、スペルビに斬られるよ。それでも?」



ひたきに関わると、男女問わずスクアーロに殺されるという噂があった。やたらとリアルだと思ってはいたが、ひたき本人がああ言うのだから、真実なのだろう。
俺はスクアーロを思い出した。ひたきがらみなら、あいつは本気で斬りかねない。それは怖いけど、俺は明るく笑った。



「笑い事じゃない。私の目の前で斬ったこともあるんだよ、なのにそんな呑気に………」

「だって、俺がやられそうになったら、ひたきが守ってくれるだろ?……なんてな!」



言ったあと、矛盾していると思った。

俺はひたきと離れることで、守ってもらえるのが当たり前という無意識の内の常識に気付いた。
守ってもらうのではなく、自分は自分で守るものだと考えを改めたはずだ。それなのに、ひたきが守ってくれるだなんて発言なんて。



「私は任務じゃなきゃ、誰かを守ったりしない。スペルビ以外誰の側にもいられない」

("いられない"、か……)

「もうあなたのお父様からの仕事は終えた。だからあなたがスペルビに襲われても私はあなたを守らないし、死んでも責任は取れない。命の保証が無くていいなら、どうぞ勝手に」



彼女が仕事としてしか俺の側にいてくれないというのなら、俺の側にいてほしいと依頼しよう。



「じゃあ、ひたきに頼む。俺は君の側にいたい。また一緒に喋ったり笑ったりしたい。
俺、いつかきっと強くなるから。それまでは……情けねえけど、守ってほしい」



本当は、側にいてくれる理由が「仕事だから」なんて嫌だ。
それに、仕事として側にいることを頼むなんて、違う。側にいてくれるだけで心が伴わないなんて、虚しすぎる。

でも俺の持つ手段はそれしかないし、間違っていようが、とにかく彼女に側にいてほしかったんだ。



「……報酬は?」

「えっと………おごるよ!ジェラートのうまい店知ってるんだ!あと、俺の地元の店のピッツァやパンもご馳走する!すっげえうまいんだぜ!」

「それが、報酬?」

「……あぁ!うん、駄目だよな!分かってる。こんなんじゃ…………」



俺は名の通ったマフィアのファミリーのボスの跡取り息子だけど、俺自身は金を持っているわけではない。だからと言って、継ぐつもりのない家に頼めない。
リボーンも言っていたが、ひたきは同い年にして既に一流の殺し屋だ。それが俺の限界だとしても、ジェラートやピッツァやパンぐらいじゃ駄目だろうと予測はしていた。



「ふふっ」

「え?」



てっきり、きっぱりと「そんなんじゃ受けられない」と断られるかと思っていた。
「一流を舐めないで」とかなんとか言われると覚悟していたのに。まさかの笑い声に、きょとんとしてしまった。

彼女はひとしきり笑って、「その報酬をもらうときには、ディーノくんは一緒にいるの?」と訊いてきた。俺は「もちろん」と強く頷いた。



「承りました」

「え?!」

「仕事というからには、手は抜きませんよ」

「お、おう?」



依頼を持ち掛けたのは俺のはずなのに、何だかひたきに仕切られていた。それもあるが、報酬はあれでよかったのかと、戸惑っている。
ともあれこれからまたひたきと一緒にいられる。彼女は仕事熱心だから、裏切ったりしない。絶対側にいてくれる。成立を喜びたいのに、俺はまだ目をぱちくりさせていた。



「それで、どのくらい頑張ればいい?いじめっ子は、殺していいのかな」

「そこまでしなくていいからっ!追い払うくらいで充分だよ」

「ふうん……」



ひたきはというと、成立直前までの拒絶が嘘のように笑顔を見せてくれるようになった。"仕事"のお陰だろうか。そう思いながらも、信じたくない俺がいた。













(ほんとは何もいらなかったのだけれど、)




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