Which is heroine?




「よくも俺の服 汚したな!!ディーノ!!!」

「うわぁぁあ!!すまん!!!」



こうして必死に走るのは、いつぶりだろう。大して昔のことではないのだが、やけに久しぶりに思えた。





Which is heroine?
私と彼、ヒロインはどちらか





「はあ、はあ……… クソッ相変わらず逃げ足だけは速ぇ奴だぜ、はぁっ」



背に悪態を受けながら、俺は走りつづける。止まれば痛い目に遭うことは明らかだが、もうそろそろ息が苦しい。今にも足を止めてしまいそうだ。どこか隠れられるところでもあればどうにかできたのに、全くツイていない。



「大人しく殴られろ!!」

「やだよ!!」



俺は意識する。重たくて硬い脚を、必死に前へ、前へ。脚はばたばたと音を立てながら、回転した。

手前に落ちては後ろへ流れ、僅かに浮かんでまた前へ運ばれていく。
疲れているのは奴も同じ。俺が諦めないことで、何とか俺と奴の距離は保たれていた。



「いい加減止まりやがれ!!」



もういっそ止まってしまおうかと思いだしたそのとき、パッと頭の中にひたきの後ろ姿が浮かんだ。(いかん、いかん!)
いつだって俺はひたきに守られていた。だから彼女について最も強いイメージは、背中なのだ。



(自分の身は自分で守らなきゃいけねえ。気づいたはずだろ、ディーノ!)



ここ最近、(あながち間違ってはいないが)俺があの彼女を雇っていることになっていた。
俺に何かあれば彼女に殺されると思われていたらしく、以前受けていたあらゆる不当な扱いがなくなっていた。



「待てコラァァァア!!!」

「何にもしねえなら待つっ!!」

「んなわけねえだろ馬鹿!」



平和な日々を経て、俺は傲っていた。

もう馬鹿にされ肩身の狭い思いをすることはない。今の状態が普通で、それはずっと続くものだ。
そして、いつもひたきは側にいるから、万が一何が起きても平気なのだと。



(この先は……。屋上か。でも、もう戻れない。行くしかねえ)



スクアーロの言葉で目が覚めた。

ひたきは、他の殺し屋から俺を守るという任務で側にいるだけで他意はない。任務が終われば、彼女と俺の関係がなくなるのは必然だ。


……でも、それならあの笑顔は?あれも、仕事だからなのだろうか?

様々な思いが、胸を巡る。



「はぁっ、はぁっ……やっと追い付いたぞ。ここは屋上だ。飛び降りるほかに、逃げ場はもうねえ」

「…………っ」

「スクアーロの女さえ付いてなけりゃ、お前なんか怖くねえんだ」



スクアーロは俺に調子にのるなと言った。ひたきが側にいてくれることを当然と思うな。自惚れるな。勘違いするな。

そう言うように睨んだスクアーロの、あの鋭い眼差しが思い出される。
俺はいたたまれなくなって、離れられるより先に、誰でもない、自らひたきの側を離れたんだ。



「さあお待ちかね、制裁の時間だ。覚悟しな、まずは一発………」

「っ!」



そしてひたきと全く関係のない日々を過ごした。友人と戯れながら、たまにスクアーロとひたきの尾鰭が付いた噂を聞く。それから威張っている奴らにからかわれたり、パシられたり。
それが本当の俺の生活だった。へたれな坊ちゃんの俺に相応しいもの。少し前が嘘のようだが、あの日々が特別だっただけ………



(助けて、ひたき――――……!)



ひたきは関わるはずの無かった人だ。本来なら彼女とは、無いも同然の関係。だから俺は、彼女や彼女と過ごす日々を失ったのではない。何もかもが元に戻っただけなのだ。

………だが、元通りなら何なのだろう、この胸にぽっかり穴が空いたような感じは。ひたきの笑った優しい顔が瞼の裏に焼き付いて離れないのだ。



――――――パァン!



鼓膜を突き刺すような破裂音。
しばし音が消えたように静まり返り、無気味に鼓動の高鳴りが響いた。



「うわあああああ!!!!」



奴の悲鳴。俺は無意識に、ひたきだと思った。
でも次の瞬間には、自嘲しながら否定した。未だに俺はひたきに縋っていて、ピンチに駆けつけてくれると信じていたのだ。



「っは、あー…ぐ……!!!」



俺を殴りたくてうずうずしていた奴が、頬を両手で押さえて立っている。ひどく青白い顔だ。
奴は怯えた目でこっちを見ていたが、俺を見ているわけではなかった。どこか、もっと後ろの方…………俺は期待を微かに混ぜつつ、おそるおそる振り返った。



「ひたき…………」



思わず彼女の名前を呟いてしまう。間違いない、あれは確かにひたきだ。あの日以来遠かった彼女が、今そこにいるのだ。
俺は喜びと安堵の色を目に灯した。が、それは持続しなかった。喜びと安堵の灯は、風とも呼べぬ微かな空気の動きで揺らいで消えた。



「うるさいよ、君」







(任務は終わったはずなのに、どうして私は彼のヒーローなの?)



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