授業中、昨日の昼あったことを友人に話すと、「お前よく生きてたな!」と驚かれた。
Open eyes firmly. And, do not overlook it.
しっかり目を開けていろ、そして見逃すな
何のことかまったく分からない俺に、友人はあの子のことを「危険な奴」だと言った。有名なマフィアの娘だとか、一流の殺し屋で時々いないのは仕事に行っているからだとか、少しでもあの子の気に障ることをすると殺されるとか。
「うっそだー。お前、鰭の付いた噂聞きかじっただけだろ」
「当たり前だろ?あいつに絡んだら俺生きてらんねえよ」
「何でだよ。気に障んなきゃいいんだろ?」
そういうと友人は深いため息を吐き「本当に何も知らないんだな」と呆れた。また一段と声を潜め、「いいか?」と次の説明が始まる。
「あいつ自身も危険だが、もっと危険な奴がいる」
「スクアーロ」。接触したことがあるから、名前を聞いてすぐに銀髪のあいつを頭に思い浮かべた。「確かにあぶねーな」と言うと、「こっちは知ってたか」と安心された。どうやらスクアーロとあの子は、関わるべからずという意味でツートップの危険人物らしい。
スクアーロは何でも世界中の剣豪と勝負してるとかで、あまり学校にいない。そしてあの子よりは気が長い(短いことに変わりはないが)から危険度は僅かに下がるが、問題はあの子が絡む場合らしい。
「あいつと関わった男は、必ずスクアーロに殺されるんだ」
「え………!」
この学校は元々マトモじゃない。知らない内に誰かがいなくなっていくのもそういう世界の人間だからかな、と思っていた。でも今の話を聞いて、そいつらはもしかするとあの子やスクアーロに殺されたのかもしれないと思った。何だか急に寒気が襲ってきた。
「俺、やばい?」
「あいつにそんだけしつこくして頬の傷だけで済んだのは奇跡中の奇跡だったけどな」
一生分の奇跡を使い尽くしたのだと言われた。「お前、その内斬殺されるな」とあっさり言う友人は冷たいと思う。
ふと、昨日のことを思い出す。保健室まで連れていこうとした俺を、あの子は「放っておいてくれるのが一番いい。――それに、あなたの為にもなる。」と言って突き放した。意味の分からなかったあの言葉は、スクアーロを指したものだったのだ。
「今日はスクアーロがいる。気を付けろよ、ディーノ」
「ど、どう気を付けるんだよ馬鹿!むりだろ!」
そうやってじゃれてる内に今日最後授業が終わり、チャイムが鳴る。友人含め多くのクラスメートが席を立つ中、俺はどさくさに紛れて、一番後ろの窓際に座るあの子を見た。
(あの怪我、大丈夫かな)と心配になりながら、友人から聞いた話が怖くて話しかけられなかった。本当は真実が何パーセントかも分からない噂なんかより、ほんの少しでも実際に俺が関わったあの子やスクアーロを信じたかったんだけど。
「ゆ……許してくださっ……!」
噂と俺自身の感じたもの。複雑な気持ちのまま寮に帰ると、不穏な台詞が聞こえてきた。俺は慌てて陰に隠れ、息を潜めてそっと向こうを覗いた。
「うるさい。それ以上、汚い声出さないで」
「ひっ…………!!」
あの子だ。そして、同じ制服を着た年上の男たちが向かい合っていた。情けなく腰を抜かしてべったり座ったり、犬のように伏したりしている男たちを、あの子は鋭い眼差しで見ていた。その目に映ればたちまち凍り付いてしまいそうな、そんな感覚。
ひとりの男がもう一度命乞いをしようとした次の瞬間、言葉を遮って銃声がした。鼓膜をつんざく大きな音に思わずぎゅっと目をつむってしまう。あの子が発砲したのだろうか、それとも男たちの中の誰かひとりが……?確かめようと恐る恐る目を開ける。
「―――を狙っているのは、君たちで全員?」
「そ、それは言えない」
「ふぅん……」
やはり銃を撃ったのは、あの子の方だった。一番あの子に近い男が、手のひらの中心から血を流している。男は凄まじい痛みにやっと堪えているようだった。それを、あの子は「黙っていてもいいことは無いよ」と追い討ちをかける。男の穴の開いた手を掴んで地面に叩き付け、まだ血の溢れ出るそこを踏みつけたのだ。
男の声にならない声が漏れ出す。俺は失禁してしまいそうなほど怯えていたのだが、体も動かず目も離せずその場に留まっていた。
「言う!言うから、そいつを助けてくれ!」
「何考えてるんだアロルド!」
「止めるな!今言わなきゃ死ぬんだぞ!」
「言うなアロルド、仲間を売る気か?」
アロルドと呼ばれた男は「それでも、俺は生きたい」と、あの子に告げ口をした。あの子は男たちのやり取りを静かに見守った後欲しかった情報を得て、穴あきの手から足を離した。どの男も複雑そうな顔で安堵のため息を吐いた。
「こ……これで俺たち、解放されるんだな」
「うん、もういっていいよ。
ありがとう。
そして――――――」
「さようなら」
数発の銃声が響いた。
続くどさりどさりと嫌な音。
―――ああ、悪い予感がしていたんだ。
俺は向こうを見れないでいた。前を向き何が視界にあるかも分からない状態で、惨めにカタカタと震えていた。口を塞いでいる手に、涙が乗る。
「……………」
「!!!!!」
血の臭いと共に、あの子はやって来た。思いっ切り驚いて声も出せなかった俺を、あの子はただただ見つめている。震えがまだ止まらない。だが、何か言わなければ。
そう思っていざ口を開けると、声は出て来なかった。あの人たちは何だったのか、何故あの人たちを生かさなかったのか、アロルドから聞き出した人たちも殺すのか。色々浮かんだが、友人の「気に障ることを言えば殺される」という言葉に惑わされていたのだ。
「俺も、殺す?」
「………」
きっとあの死体も元の男たちの存在も、うまく秘密裏に消されるんだろう。となれば困るのは俺だ。言い振りからして俺が見ていたのを彼女は知っている。俺は、彼女が男たちを殺した事実の生ける証拠なのだ。消されてもおかしくない。
彼女は「殺すよ」と淡々と言った。俺は何度も死ぬはずの場面がありながら助かってきた。今が本当に死ぬときなんだと、諦めとも言う覚悟を決める。
「ふ…………」
「え?」
なのに思いがけず彼女が笑い出すから、俺は瞬時に緊張が解け、怯えて震えていたのも忘れてしまった。
落ち着いて見れば、彼女は殺すと言いながらまったく銃に触れていないし、触れようともしていない。それに震え上がるような殺気が無いし、眼差しにも銃を持っていたときほどの鋭さは感じられなかった。
「………………」
「…………えええ?」
彼女は俺の顔をじっと見て、そのまま寮の中へと入っていってしまった。何もされなくて良かったけど、何というか複雑な心境だ。俺はしばらく玄関にぽかんと立ち尽くしていた。
本当の彼女はどっちなんだろう。噂に違わぬ恐ろしい殺し屋と、どう見ても俺をからかって遊んでいた姿とでは。俺にはもう、分からない。
(ちゃんと見ていて。あなたの見ているものこそが、唯一真実なのだから)
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