Let it be.



(夢、か………)何年か前に助けてもらった人を夢に見るなんて。俺はどれだけ参っているのか。




Let it be.
放っておいて




「!」


気だるく寝返りし、目をこすっていると、突然すぐ側の生け垣が激しく揺れた。

驚いて身を竦める俺の前に、人が飛び出してきた。そういえば何週間か前、同じようなことがあったのを覚えている。そのときは傷だらけのスクアーロが出てきたんだっけ。


またスクアーロだろうか。

いや、ちがう……


女の子だ!


視界の端にスカートが靡くのを見て、俺は勢い良い起き上がった。

彼女は強く自身の脇腹を押さえていた。
あの手の下には何かしらの傷があるのだろう。周辺の布地が、制服の上着のワインレッドよりも濃くて不吉な色に染まっているのが見える。


「おい、大丈夫か?!」

「…………!」


手当してやらなければと思い駆け寄ろうとすると、こちらを向いた彼女の顔色が途端に厳しくなった。


「来るな」


鋭い目で睨みつけられても、俺は側に寄る歩みを止めなかった。

だって、あんなに血を流して、息を切らせて……痛くないはずがないんだ。それなら早く治療してやらなければ。そう思ったから。


「保健室行こう?」

「これくらい何ともない。それ以上、寄らないでくれる……「そいつは無理だな」


俺を拒む言葉をあっさり否定して、とうとう俺は彼女の側まで来た。

びびりでへなちょこな俺が、こんな鋭い目で睨まれて脅されながらよく動けたものだ。自分で自分を褒めてやりたい。


「歩けるか?肩、貸すけど」


そう言った一瞬後、俺は撃たれていた。

左の頬には痛みが走り、つうと何かが伝ってくる。汗でもおかしくはない状況だが、恐らく血。見なくても分かる。弾丸が頬を掠めて行ったのだから。


「次に撃つときは威嚇じゃない。殺す」


彼女は冗談を言っているのではない。

どのタイミングでも俺の心臓や頭を打ち抜けるよう、肩で息をしながらも銃口は決してぶれることなく俺に向けられている。


「―――……俺を殺すなら、その前に保健室行こうぜ。な?」


俺は撃たれて、しかも殺されようとしているのに。それでも笑っていた。

人間、極度の緊張状態に陥ると笑い出してしまうことがある。しかし、今の俺はそうではなかった。自分でもよく分からない。

口元に笑みを残したまま、彼女と向き合う。
俺の胸を狙う銃よりも、銃を持たない方の手のひらが真っ赤だということが気になっていた。

ワイシャツと上着を通しても手を赤く染めるような傷が"これくらい"と軽視され、しかも"何ともない"だなんて俺にはとても理解できない。


「もう、これ以上私に構わないで」


俺が脅しても屈しないと見て、彼女は黙って背を向けた。静かに銃を収め、数歩歩いて俺との距離を取る。
追い掛けようと足を上げる俺を突き放すかのように、彼女は振り返って睨みを効かせた。

(――怖い!)


俺が一瞬怯んだ隙に、彼女はさっと踵を返し背を向けていた。
彼女はもう俺との終わりの見えないやり取りを見限り、俺の前から立ち去ろうとしているのだ。


「え、どこ行くんだよそんな傷で!」

「お節介な人の居ないところ」


背中越しの、呆れたような声色の返答。
言葉の前には、早く去りたいのにと言わんばかりの溜め息が付いていた。


「俺、なんか分かんないけど見過ごせないんだよ!傷診せてくんないなら、せめて………」


わけもわからずとにかく必死に彼女を説得しようと後ろ姿に食い下がっていたら、突然毒気の無い声がした。


「―――へんなひと。」


反射的に「はっ?」と聞き返せば、彼女は長くて綺麗なプラチナブロンドを翻し、微笑を見せた。


「スーちゃんの言うとおり」


オリーブグリーンの瞳は痛みからではなしに細められ、口は緩く閉じられている。

さっきまでの凍てつくような厳しい態度とは、少し違う。俺は戸惑いながら、(スーちゃんて誰だ……?)と考えた。


「あなたってちっともマフィアらしくないのね。話通りのお人好しだわ、キャバッローネの跡取り息子くん」


散々脅したり殺そうとしたりした相手のために尽くそうとするなんて……。と彼女は続ける。(何故俺の名前を知っているのかと問えば、当たり前のように「有名人よ、あなた」と返された)

面倒をみさせてくれ、という話題をうまく逸らされてしまったような気がした。


「なあ、」
「私もう行かなきゃ」


また話題を戻そうとしたら躱された。声を遮って、彼女は再び踵をかえし背を向ける。


「放っておいてくれるのが一番いい。――それに、あなたの為にもなる」


俺は何も出来ないまま、ただその背を見送るしかなかった。

俺は彼女を恐れたが、それでも強く助けたいと思いその一心で粘った。しかし最後に引き留められなかったのは、背中越しの台詞に、何だか本当にこれ以上彼女をこの場に束縛してはいけない気がしたからだった。






(あの子の足音が聞こえるの)



あきゅろす。
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