「俺は絶対お前から離れたりしない。だから、もう二度とこんな風に泣くな………ひたき」
「…………はい」
I promise you.
これからの命はあなたのために
ひたきは濡れた瞳を細めて微笑んだ。ああ、綺麗だ。今まで笑顔はたくさん見て来たが、こんなに眩しい笑顔を見せられたのは初めてだ。彼女の目の端から、残っていた涙が流れた。俺はそれを掬って笑って見せる。
たとえ彼女の胸にはまだスクアーロが住んでいるのだとしても、今はそれでもいい。俺は俺の、彼女への思いを込めた最高の笑顔を贈ろう。(と言ったら作ったように聞こえるが、本当はただ彼女が愛しくて、勝手に笑ってしまっているだけだ)
「あのねディーノくん―――…いや、ディーノ」
「おうっ――…ぅ、え?」
「ふふ、変な声」
「だっだって、呼び捨て!」
帰り道、ひたきは突然俺の名前を呼び捨てで呼んだ。「くん」が取れた、たったそれだけの違いなのに、どうしようもなくドキドキする。二文字無くなっただけで、なぜこんなにも印象が変わるのだろう。
「だってあなた、しばらく会わない間に随分変わったんだもの。男の子っていうより、男の人になってしまって――」
それなのに呼び方はそのままなんて、失礼かなと思ったから。
そう言ってまたひたきは笑った。出会ったばかりの頃は彼女が笑うこと自体が珍しくて、そのたびに胸が高鳴ったっけ。今もひたきの笑顔にときめいている。あの時と違うのは、ときめきだけではないということだった。
「でも、上司と部下の時は"ボス"って呼ぶね。仕事とプライベートのオンオフというか、ちゃんとけじめは付けたいの」
「そっか。俺はどっちでもいいんだけどな。お前は呼び方なんか変えなくても、大丈夫だと思うぞ?」
「うーん……きっとそうなんだろうけど。でもいいでしょう?」
今は、ときめきと同時に心が温かくなるのも感じている。学生時代は単なる憧れのようなもので彼女が好きだった節もあったが、変わったんだな俺。本当は好きなんじゃなくて、愛しているのかもしれない。
「他のファミリーの人達の前では"ボス"。二人きりの時は、"ディーノ"で」
「ふ、二人きりっ?!」
「あれ、私いま何か変なこと言った?」
「…………はぁ。何も?
呼び方は好きにしろ、どう呼ばれても俺は反応するよ」
「ありがと」
まったく。その気があるのか無いのか、ひたきは俺を追い込むのが上手い。またやられた。
「あ、ディーノ見て。ほら朝焼け」
「本当だ。もうそんな時間か」
「……綺麗だね。ディーノが私を見つけてくれてよかった。もし独りのままだったら、見られなかった」
「……ひたき……」
不意に切なげな横顔を見せられたものだから、肩でも抱こうとしたのか、俺は無意識に手を伸ばしていた。
しかし指先がちょんと肩に触れた時、タイミング良く彼女が振り向いた。俺は自分でも驚きの速さで手を引っ込め、背に隠した。
「そうだ、仕事だけど女だからって遠慮しなくていいからね」
「え?」
「これでも一応、近い内ヴァリアーの幹部になる約束をされていた女ですから。どんなに難しくて危険な仕事だって、迅速かつ完璧に遂げてみせるよ」
「へぇ、それは頼もしいな」
「うん、どんどん遣ってね。私ディーノの役に立ちたい、少しずつ恩を返していきたいの」
確かにひたきの持つ力は頼もしい。俺個人の感情抜きに、純粋にキャバッローネのことを思えば、彼女を手に入れられたのは十分過ぎる利益だ。
でも俺個人の感情としては、あまり彼女を危ない目に遭わせたくない。もしも万が一、彼女の身に何かあったら俺がどうかしてしまいそうだ。
強くて傲らず、どんなときも油断しない彼女だけど、いつでも無事だなんて言い切れない。だから、彼女の言う危険な任務は正直やらせたくないのだが……。
「これからよろしくね、ディーノ」
「おう」
ひたきを信じよう。朝陽に照らされた彼女の笑顔を見て、俺はそう思った。
「朽葉ひたきです。よろしくお願いします」
後日、俺は部下達にひたきのことを紹介した。
新しい仲間だと言ったのに、親父の代から付き合いで俺をよく知る奴や、勘の良い奴には「それだけか?」とニヤニヤされた。
「浮かれちまって仕事できねーとか勘弁してくれよな、ボス」
「ばーか!んなことあるわけねえだろ。つうか、そろそろその顔止めろよロマーリオ」
「はっ……俺は応援してるからな、ひたき嬢とのこと」
「なあっ!!」
からかわれるのは少し面倒だけど、不思議と嫌ではなかった。
しばらくは部下のひとりとして。でもいつかは、ひとりの女性として彼女を守り、幸せにしたい。そのために、俺はもっともっと強くなる。リボーンの厳しいしごきに耐え、しっかり仕事をこなし、大人になっていくんだ。
(あなたが、優しい太陽が、いつかこの胸の傷をも溶かしてくれると信じている)
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