You've really changed.





街明かりの裾のほう、潮のかおりのする所。

ここまでずっと、自分の体力の限界も忘れて走ってきた。お陰で心臓はバクバクするし、息は喉が痛いほど切れている。脚も棒のようで、今にも転んでしまいそうな状態だった。それでも俺は前へ進むのを止めなかった。




You've really changed.
意外な言葉




「い、た……。はぁ、はっ、ぁ……ひたきっ……!」



しかし、求めていた人の後ろ姿をようやく見つけると、頭が真っ白になった。思うより早く体が先に動いた。まるでリセットされたように、それまでの不安も、今すぐ倒れてしまいたいくらいの疲労感も皆忘れていた。

まっしぐらに走る。もっと早く、もっと速く彼女のもとへ行きたいんだ。



「ひたき!!」



気ばかり急いて、数メートル前で俺は叫んでいた。彼女がはっとして振り向く。俺は気持ちに追い付かない脚がもどかしくて、両手を前に突き出した。そして、彼女に飛び付いてぎゅっと抱き締めた。



「び」

「ん?」

「びっくりした……」



暗くても分かる。頼りない声に体を離してみると、ひたきは顔を真っ赤にしていた。それにつられて、俺の顔も赤くなる。頭が今になって回りだした。ああ、俺はなんてことを!



「すっ、すまん!!俺っ俺っ」



俺が手をあわあわ上下に振っていると、ひたきが、「びっくりしたっていうのは、そういう意味じゃないよ」と言って握ってくれた。少し冷たい手が、優しく俺の手を包み込んでくれている。



「あ……」

「覚えていてくれたんだね、あの時のこと」



安堵したような声でそう言うと、ひたきは俺の片方の手を自分の頬に当てた。「来るはずなんか無いって思っていたのに」と呟くその目は切なげで、美しくて。手のひらを滑った頬の温かさと共に夢中になった。



「俺はお前との約束を忘れたりしねえよ。―――…でも、どうして屋敷を抜け出したりなんかしたんだ。心配したろ、」



正直さっき閃くまで、もう会えないかも、って思っていた。もう彼女はこの世界のどこにもいないんじゃないかと思った。

再び、今度こそ永遠に彼女を失ったのだという思いに黒く染められ、世界の広さを思い知って、涙さえ流した。



「――――と思ったの」

「え?」



俺の手を離して、ひたきは両手で顔を覆った。



「私なんかいなくなっちゃえ、と思ったの。だって、私、スペルビにあんな顔させてまで生きていたくない、よ……っ!」

「………っ。俺はいいのかよ……」

「ディーノくん……?」



気付けば俺はひたきの手を取って握り締めていた。彼女の目が大きく開く。



「俺はひたきがいなくなるなんて嫌だ!だからそんなこと言わないでくれよ、頼むから……」

「いたいよ、ディーノくん」

「当たり前だ、強く握ってるんだから。お前が、離れていかないように……」



数年前に比べて随分力も付いたが、それでもひたきが本気を出せば解けてしまうだろう。しかし、ひたきの抵抗しようとする気配は一向に無かった。


「ディーノくん。そんなに力を入れなくても、私もう逃げたりしないよ」

「………」

「賭けていたの。もしディーノくんが来てくれたら、生きようって」

「………」

「だから、ね?」



微笑して首を傾げてみせるひたき。俺は彼女を信じて手の力を緩め、離した。彼女は変わらず微笑んでいる。どうやら、隠し持っているかもしれない銃で自分を撃ったり、海へ身を投げたりする気は本当に無いようだった。



「ったく、まだうまいピザもジェラートも、何も食わせてないってのに。勝手に死のうなんて許さないぞ」

「ごめんなさい」

「本当だ!死のうと思うくらいなら、その命、俺にくれよ」

「私の……命を?」



ひたきがきょとんとして俺を見る。



「俺のファミリーにならないか、ひたき」



俺はまだまだ幼いからプロポーズなんてできないけれど、「今度は俺に、お前のこと守らせてほしい」、そんな約束くらいはしてもいいよな。

学生時代の俺はあまりに弱くて守られることしかできなかったが、これからは俺が君を。ひたきを悲しみや苦しみから守ってやりたいんだ。今ある力で足りないなら、いくらだって努力する。だから。



「生きる目的を見失っているなら、俺を見てくれ。俺が、お前の新しい支えになる!」



そう胸を張ると、ひたきは急に口をわななかせ、震える声で言った。



「ディーノくんは、死なない?」

「俺が?………」

「私を裏切ったりしない?」

「まさか」



きっと、彼女の脳裏には父と幼なじみの姿が浮かんでいることだろう。彼女の父は幼なじみに力で負けて死に、彼女の幼なじみは力に惚れてボスの座を棄てた。俺は彼らのようにはならない。絶対、彼女を悲しませたりしないと誓う。この満天の星空と、穏やかな波と、彼女の涙に。


「俺は、ひたきを悲しませるようなことは絶対しない」












(まさかあなたがこんなことを言うなんて)




あきゅろす。
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