I betray you, only once.




「私、ヴァリアーを抜け出して来たんです」




I betray you, only once.
最初で最後の裏切り




若輩者ながら、この世界でひたきを知らない者はほとんどない。
ロマーリオも勿論、彼女のことを知っていた。彼女がヴァリアーに酷く厚い忠誠心を持った人間であることも併せて。


「……どういうことだ」


再会を喜んでしばらく、それまで黙っていたロマーリオが、急に厳しい顔をした。"あの朽葉ひたきが、ヴァリアーを抜けた"。彼には信じられないことだったからだ。

しかし、俺にはもう全て分かっていた。あとは彼女自身の言葉で、推測が真実になるのを待つばかりだった。


「私がヴァリアーにいたのは、先代ボスであり、私の父である剣帝テュールのためでした」

「父?!驚いた、あんたあの剣帝の?!」

「――はい。本人から告げられることはありませんでしたが、そうです」


父の側にいる理由の為、父の役に立つ為、彼女はどんな危険な任務にも喜んで取り組んだ。父に褒められたい、愛されたい……それだけが、彼女を動かしていた。


「しかしテュールは、私の幼なじみとの決闘に敗れ、亡くなった。幼なじみは親の仇となりましたが、私は彼が新たなボスとなってくれるのなら、変わらず尽くすつもりでいました」


彼女は厳しい束縛を受けながらも、幼なじみのスクアーロが好きだった。
それは、悔しくて認めたくないこと。けれど、当時の俺には諦めるしかないことだった。


「でも確か、新しいボスはXANXUSとかいう奴だったよな?」

「……はい」


ひたきの表情がわずかに変わった。ロマーリオがXANXUSの名を出した瞬間、ゾクッとするような、怒りに似たものに歪んだのだ。


「スペルビはXANXUSの力に魅入られ、惚れ込み、次期ボスの座をXANXUSに譲りました。私はスペルビに失望した」


父の死。恋人への失望。もう、ヴァリアーに忠誠を誓えるものは無い。彼女はそう思ったのだろう。

忠誠心という碇無くしては、彼女という船は留めておけない。


「私はほとんど何も持たず、誰にも言わず、そっと抜け出した。何もかも忘れ、どこか遠くへ行きたいと思ったんです」

「しかし、私は追われていた。スペルビが私の脱走に気付いていたんです。あともう少しのところで捕まり、刺され気を失って――…
「もう、いい。」


突然、ロマーリオは大きな手のひらでひたきの頭を撫でた。ひたきはぽかんとして、ロマーリオの顔を見上げた。彼の表情からは厳しさが抜け、優しい表情になっていた。


「目覚めて早々語らせちまって悪かったな。疲れたろう」

「……少しだけ」


ようやく気を張り詰める必要が無くなって、力が抜けたのだろう。ふにゃりと笑ったひたきと目が合って、俺はちょっぴり緊張した。


「んじゃ俺たちは退散すっかね。ボス、固まってねえで、ほら」

「お、おう。また明日なひたき!」


ひたきが目覚めたことは明日部下達に知らせるとして、今夜は皆ゆっくり眠ることになった。俺はひたきに手を振られながら、ロマーリオに引っ張られるように部屋を出た。
深夜の屋敷はひっそり静まり返っていて、気持ちまで寂しくなるようだった。


「やっぱひたきは、元気になったらどっか行っちまうのかな」

「もう次の心配事かよ?忙しいねえウチのボスは」

「だってよぉ、」

「だって?」

「〜〜、何でもねえよ!!」


俺が「ボスも隅に置けねえな」、なんてつつかれていたその時、ひたきが独りで泣いていることは、誰も知らなかった。




「……スペルビ、ごめん……」










(あの頃の私は、あなた以外何も要らないのだと信じていた)




あきゅろす。
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