The name did not arrive.



俺を屋敷へと連れ帰り、部屋にしまうと、ロマーリオはちょっと不機嫌なようすで親父のいる部屋へと向かう。

ロマーリオは付いてきた俺を気にもしなかった。そのまま懐から銃を取り出し、机に思い切り音が立つように置く。親父はその銃とロマーリオの顔を交互に眺め、何故か勝ち誇った顔をした。

ロマーリオは一瞬悔しそうな顔をしたがすぐに口をたわませ、あんたの言うとおりだったよ。と頬を人差し指で掻いた。




The name did not arrive.
届かぬ名前




ごろり。

手から転げ落ちた林檎が、数回転する。


やがてそれは黒いブーツの爪先にあたり、少しだけ戻ってくる。そして、静かに止まった。俺は、自分の林檎に手を伸ばさない。

俺が暫く動かずにいると、黒いブーツの主が手を伸ばした。白い指が、熟れた赤い林檎を包み込む。
林檎は目の前の奴の白いワイシャツの裾でぴかぴかに磨かれ、がぶりとかじられた。


皮が削がれ露わになる、白金の中身。その白金とよく似た髪の色と輝きが少し、眩しい。
目の前の奴はプラチナブロンドの髪を短く切り、後頭部をツンツンとさせていた。俺よりも少し高い背、極めて中性的な外見、声。まつげは長いけど、俺もそこそこ長いし……何一つ、見た目でプラチナブロンドの性別を判別する要素が無い。


「……ぼくの顔に何か付いてる?」


極めつけに、彼(彼女?)は自分のことを"ぼく"と呼ぶときたものだ。


「いや。あなたに会うのは久しぶりだから、少し懐かしくて」


俺の返答はあながち間違いではないが正解ではない。本当は何故か"ぼく"から目が離せないでいるだけ。

緊張をごまかそうと、"ぼく"が男なのか女なのかを見抜こうとしているのだ。
それを見抜いているのか、"ぼく"は首を傾げながら俺を見つめていた。

深い深いオリーブグリーンの瞳の中に、表情の硬い俺がいる。


「―――そうだね」


しばらくすると、"ぼく"はふわりと微笑んで見せた。あの日から数えて会って二度目、初めて見る表情だった。

少しだけ胸が高鳴る。

それまでの冷たさのある表情とはあまりにかけ離れたものがあったから、つい驚いてしまった。


「ねえ、君はさ……」

「はい?」

「どうでもいいけど、どうして君はぼくを"あなた"と呼ぶの?」


ぼくの名前なら、あの日教えただろう?と、"ぼく"は真顔で訊いてくる。
もしかして忘れた?という問いにも答えられなくて、俺はうーとかあーとか言っていた。


「なんてね。知ってるよ、車のエンジン音が邪魔だったんだろ」

「そ、そうなんだ!」

「ならもう一度言うよ。」


ぼくの名前は―――― と口が動くと同時に、意識が遠退いた。
目が覚めきょろきょろと当たりを見回すが、どこにも"ぼく"はいない。

それどころか俺がいたのは故郷の港町でもなかった。ここは、ムリヤリ入れられたマフィアだらけの学校の中庭だ。







(あなたの奥底に眠る、あの日の私)



あきゅろす。
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