2010侑士誕




昼休み、俺は一人練習をしていた。少し休もうとタオルを取りに行くと、ケイタイがちかちかと光っているのに気付いた。

ケイタイを開いて見ると、メールが一件。鳳からだ。


「忍足さんの誕生日……?」


メールには、先日連絡された場所に集合しろという催促が書いてあった。人が集まらなければ始まらないサプライズパーティ。跡部部長が特別に作らせたケーキが待ちかまえているのだとか。(そういえば誕生日なんて、そんなことあったな。すっかり忘れていたが。)

追伸に、忍足さんの行方を知らないかとあった。どうやらケーキが待ちかまえているのは、俺だけではないらしい。主役まで来ていないとは、連絡不足か?


忍足さんの誕生日なんてどうでもいいから練習を続けるか。

……普段の俺なら確実にそう思うところだが、今日は気まぐれで参加することにした。練習を中止し、少し忍足さんも探しつつ呼ばれた先へと向かうことにする。


部室を出て少しのところで、件の人は案外すぐに見つかった。人数の多いテニス部といえども、昼休みにこのあたりに居るのは俺くらいのものだったから、少し驚いた。


忍足さんは俺と離れたところにいた。

ついでに声掛けて行こうと思ったら、隣に人がいて取り込み中だったので止め、無粋だとは思ったがある程度近付いて隠れ様子を覗き見ることにした。


「侑士ごめんな、お昼にわざわざ出てきてもろて……」

「構へん構へん。エアの為なら喩え何をしてても直ぐに抜け出して来るで。それにしてもエアの方こそ、氷帝までよう来たな?」



ここからだと表情はある程度分かっても、会話の内容はよく聞き取れなかった。忍足さんと他校の女子が話していて、二人は何やら親しげだということなら分かるのだが。


「今日は侑士の誕生日やろ?今日の部活は抜けられそうに無いから、無理矢理来た」

「ああ……そうか、俺誕生日や。忘れとったわ。すまんなあ」




あの女子の制服は確か立海のものだ。ようやく判明してすっきりする。――まあ、制服で分かったのではなく、人で閃いたのだが。


忍足さんと親しく、他校生で、赤い髪の女。このすべてに当てはまるのは、たまに氷帝に来る忍足さんのいとこしかいない。彼女は立海に通っている。その彼女が着ているからつまり、そういうことだ。


「侑士は人気者やから、特に女の子とかにもう祝って貰っとったんとちゃう?」

「……嬉しいな、自分妬いてくれとんの?」

「なわけないやろ?」



俺もあまり人のことは言えないが、どちらも表情に変化のない人だと思っていた。しかし今の二人はとても優しい顔をしていて、呼ばれているからといって忍足さん(男)に声を掛けるのが躊躇われた。


もはや好奇心で覗いているのか、見守っているのか分からなくなっていたそのとき、またメールが来た。今度は向日先輩だ。内容は見ないでも分かる。――それにしても、サイレントモードにしていて助かった。


「誕生日おめでとう、侑士!」

「おおきに。今開けてもええか?」
「時間に余裕があればどうぞ」



やれやれ、俺はもう行った方が良さそうだ。先に行って、忍足さんはまだ来ないが放っといてやれと伝えよう。俺は二人に気付かれないよう静かに、少し遠回りでその場を立ち去った。

ちょっと進んだところで振り返ってみると、何やら忍足さんが嬉しそうに目を細めていた。忍足さんの手には、新品のタオルやリストバンド、それらを包んでいた紙が握られているのが見える。


「それな、侑士に似合う色やなぁ思て買うてん。私のと色違いやってんで。ほら」

「ホンマや。めっちゃ嬉しいわ、大事にするな。欲を言えばお揃いが良かってんけどなぁ」

「侑士に赤はちゃうやろ?」
「いや、意外と赤も似合うかもしらんで。お前の髪の色で、俺とお前はお似合いで。な?」

「自分で言うなや痛々しいから……」



きっと俺じゃなくても、こうしていたはずだ。そう思いながら、集合場所へたどり着く。



「遅いぞ若!何やってたんだ?」

「練習ですよ」


案の定遅刻を諫められた。まあ当初の集合時間も大幅に過ぎていたし、2通のメールも無視していたし(2通目は開けてすらいない)、仕方ないか。


「おい日吉、お前来る途中忍足をみなかったか?あいつ俺様の電話も無視しやがった……」


忍足さんは、いとこと居る。そう告げたらこの場はどのように動くのか。予想はつくが少し興味がある………が、敢えて言わないでおこう。あれだけ幸せそうな空気を壊すのは野暮というものだ。


「さあ、知りませんね」
「………本当か?」

「ええ本当です。嘘なんて吐いて俺に何か利益があるとでも?」

「フン。なら、もう少しだけ待ってやるとするか」


跡部部長は俺が隠し事をしていると見破っているような気がしたが、見逃してくれた。俺は普段あまり嘘や隠し事をしない。その俺が匿うのだ、何かあるに違いないと思ったのだろう。

俺は樺地の隣に座り、息を一つ吐いた。鳳が忍足さん遅いですねぇと呟き、向日先輩と芥川先輩は早くケーキが食べたいとソワソワしている。



「待ちくたびれたぞユーシ!!」



あれから少しして、忍足さんはマイペースにゆっくりと現れた。

やはりというか、向日先輩がケーキを食べたくて待ち焦がれて溜まった鬱憤を晴らすように喚いた。忍足さんはそれを軽くいなしつつ、芥川先輩の隣に腰掛ける。


「用は済んだか、忍足」

「ああ。待たせてすまん………って、跡部お前何か知っとるんか?」

「知らねえ。……が、お前の表情がどこか緩いんでな」


なあ、日吉?と唐突に話を振られて、返事が少し遅れてしまった。だがその分少々嫌味を付け加えてごまかした。

ケーキ、ケーキ!!と脳天気な先輩達は早く食べようと、のんびり話す二人を急かしていた。余程待ち焦がれていたのだろう。宍戸先輩や鳳が呆れて苦笑いしている。



「忍足」「ユーシ」「忍足先輩」「忍足さん」


『誕生日おめでとう(ございます)』



大きなケーキがみるみるうちに欠けていく。跡部部長が樺地に取らせたケーキを忍足さんに手渡し、「てめえの口にも合う甘さだ。よく味わいな」と微笑んだ。


忍足さんは皿を受け取るために伸ばしたのとは逆の手で、メガネを押し上げる。そのとき覗いた手首には、先程のプレゼントだろうか。見慣れない鴬色を基調としたリストバンドがあった。

それに気付いた宍戸さんは「お前そんなリストバンド持ってたか?」と、フォークをくわえながら首を傾げる。


「大切な子からのプレゼントやねん」


見ているこっちまで幸せな気持ちにさせられるような、明るい声音。俺も少し口角を上げ、ケーキに手を付けた。






貰い笑み
(あんな幸せそうになれるあなたが少しだけ、羨ましいですよ)



あきゅろす。
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