「ふぅん?なかなかいいカラダしてんじゃねーの…エア」
「跡部さん、止めてください…」
壁に手を突いて、少年は色気のある低い声で「愛してやるよ」と耳元に甘く囁きます。
後ろは壁、前は少年と囲まれて身動きできず、少女は微かに震えていました。
迫り来る少年の手や唇を上手に止める術を、少女は知らないのです。
「嫌…っ!」
「あか―――ん!!!」
「どうした侑士?」
「…すまん、ちょっと悪寒が」
なあんだ、大袈裟だな!と笑う氷帝Rの皆様。わざとらしささえ感じる、底なしに明るい笑い声が響きます。
「そういや跡部の奴いねえな」
仮初めの平和でした。
ある意味空気の読めない宍戸が、ふと思い出したように呟きます。
氷帝R達はたちまち顔色を悪くし、汗をかきはじめました。
「む、向日さんが悪いんですよ。お酒なんか飲ませたりして…」
「おい日吉止せよ、お前だって止めなかったじゃないか」
「………同罪、です。」
まず騒ぎだすのが二年生三人組でした。
どうやら事は向日の提案に始まり、全員が共犯者。そして被害者跡部は一人でどこかへ消えてしまったようなのです。
「立海が言ってた立ち入り禁止区域に行ってたらどうする?」
こんなときでも冷静に、滝は優雅に腕を組んでいます。
'立海が言ってた立ち入り禁止区域'。彼ら氷帝R達はそう、立海R達との合同合宿の最中なのでした。
「入っちまったもんは仕方ないC」
「せやな、立海に話して俺らも通してもらうしか…」
むにゃむにゃと眠そうに、芥川も話し合いに参加します。
「ていうか仮にも跡部って俺らのトップだよな。その醜態を見られるのって…」
向日は一瞬、跡部だからいいか別にと思っていました。しかし跡部だから駄目なのでした。
酔ってみっともない王の姿も見られるのは、氷帝にとって恥となりかねません。
そして、少しだけ良心も痛むのです。
「……しゃーねえ、探すか」
「俺は宍戸さんについて行きます!」
そんなわけで、氷帝R達は酩酊した彼らの王を探しに散らばることになったのでした。
そしてその数分後。
「ギャァ――――ッ!!!!」
向日の断末魔のような悲鳴が轟きました。それを聞き、ちょうど近くにいた氷帝Rの数名が駆けつけます。
「何や岳人、近所迷惑やで」
「殺人の第一発見者ばりの叫びでしたね」
「うあ…侑士…日吉…」
忍足が困った顔で、日吉が笑いを堪えた顔で向日に寄り添います。そして向日が震えながら指す方向に視線をやりました。
「こんばんは」
「どうも」
「おぉ、エアやん」
「って和んどる場合ちゃうやろ。」
夜の挨拶だけでは済まないのがこの空気です。
立ち入り禁止区域の手前、廊下で事件は起こっていたのですから。
「…あの死体どこかで見た顔ですね」
「間違いなく跡部だろうが!」
「エア、お前まさか…やったんか」
忍足が青い顔でエアに問い掛けます。酔っているどころか死んでいるかのようにぐったりした跡部と、けろっとした表情で跡部の胸倉を掴んでいるエアとを結び付けたのです。
まさかという言葉に、エアは素直に頷いて犯行を肯定しました。しかし悪びれた様子はありません。
「死んでないし顔も無傷やで。跡部さんは顔が命やさかい顔はあかん思て避けときました」
「いやそれは見たら分かるわ。」
「ああ、動機やね」
向日は思いました。身近にいる忍足や樺地でポーカーフェイスには慣れていたはずなのに、何故こんなにもエアに恐怖を抱くのかと。
「親切心で介抱したろ思たら襲ってきたから、つい…」
「あ、話したらまたムカついてきた。あと一発だけ。ええ?」
「もう許したり、そないボコれば十分やろ。それに流石の跡部も死ぬわ」
日吉は思いました。彼女のような華奢な人が、無表情で跡部を失神させるほど殴ったり蹴ったりする現場を一目見たかったと。
もしここで彼女の問いにイエスで答えていればまた見られたのかもしれませんが、忍足の説得によってそれも叶わなくなってしまいました。
少し残念だ、とも日吉は思いましたが、口には出しませんでした。
「お前、密かに怖いよな…」
「…ああ言うけどそんなに怯えるものかな日吉くん?」
「はい、向日さんの反応は普通ですよ」
「制裁は特別なことではないよね?」
「いや、普通はやらへんな。」
そんな会話をしながら4人は跡部の部屋に向かっていました。
動かない跡部はさっきまでエアに引きずられていましたが、今は忍足に背負われています。
「精市…ウチの部長は日常的にしかも笑顔でやってる(主に弦一郎に)けどそれも、」
「うん、それもオカシイことなんやで」
忍足は思いました。可愛い妹のように見守ってきたエアは一体いつから…。立海での学校生活の何が…彼女を変えてしまったのか。と。
「エアさん、アンタいじめとか遭ったことないだろ」
「そういえば無いなあ」
魔王のオーラを持つ者
この日襲われてから、エアはすっかり跡部が苦手になったらしい。普通逆やんな。(忍足侑士)
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