「……エア先輩、エア先輩」
それにいち早く気付いたのは、赤也だった。
「どうしたの赤也?」
「あれ、先輩待ちじゃないっすか」
赤也が指をさす方に目を凝らすと、なるほど、私を待っているらしい人影が見えた。
「赤也、ミーティングを始めるぞ!」
「うぃーっす!今行きます!」
「……と言うわけで、私も」
「分かりました。先輩達に伝えとくっす」
「ありがとう」
テニスコートを囲うフェンスの外側に出ると、その人達は私に向かって手を振った。
「おーい!エアちゃーん!」
綺麗な金の巻き毛の男の子が、ぴょんぴょんと跳ねながら私の名前を呼ぶ。珍しく目覚めた状態の、芥川慈郎である。
「芥川君。ブン太を見に来たの?」
「うん!でも丸井君いないね」
「今はミーティングしてるから、もう少し待てば会えるよ」
「本当?!まあエアちゃんに会えただけでも嬉Cんだけどねー」
彼は普段必ずと言っても良いほど私をブン太と間違えるのだが、覚醒状態ならば見分けてもらえるらしい。
「こらジロー、俺のエアを口説くんやない」
「誰があなたのか」
「えー!エアちゃん忍足の彼女なの?」
「そうや。俺ら名字一緒やろ?結婚してんねんで。これ、マイワイフ」
「まじまじ?!」
「侑士、芥川君信じるから嘘吐かないで。私の父さんと侑士の父さんが兄弟だから一緒なだけです」
侑士が言うと妙に説得力があるらしく、こんなやりとりはもう何度やったか分からない。私と侑士の関係については、芥川君や向日君などの信じやすい人以外にも、必ず一度は説明している。
「……お前も大変だな、毎度毎度……」
「……向日君ってそんな目する人だったっけ……」
立海へ訪れていたのは、芥川君と侑士と向日君の三人だった。仲良いのかな、この三人。
「そういえば、今日はどうして立海に?」
改まってそう訊くと、向日君ら「おぉっ!よくぞ聞いてくれました!」と喜んだ。三人はそれぞれお面や猫耳を取り出し身に付けると、「さあ空気を読め」と言わんばかりに、こちらをジッと見る。
わかる。何なのかすごくわかるが、答えてやりたくない。しかし答えなければ、この場は収まらないのだろう。「そういえば、今日はハロウィンだね」と仕方なく答える。
「エアちゃん大せいかーい!」
「というわけで……」
「トリック・オア・トリート?」
私のテンションなどお構いなしに、三人は楽しげだ。
「部室まで取りに行っても?」
「んー、どうするよジロー。今持ってないってさ」
「じゃあね、いたずらでーす!」
「はあ?!」
そりゃないだろ、と心の中で叫ぶ。
しかしどうにもならない。
芥川君の合図のあと、どこから取り出したか、侑士が4つ目のアイテムを持って、じりじりと迫ってくる。
「すまんなあ、これやりたかっただけやねん」
頭に何かを付けられた。何なのかは、アバウトになら分かる。私は少しの間、固まった。
その隙に、侑士は「取るなよ」と念を押しつつケイタイを構えた。間もなくシャッター音がしたが、私は「表情なんか構うもんか」と思っていたから、きっと可愛くない写メが撮れただろう。
「……何耳」
「バニーちゃんや」
芥川君と向日君に「今の写メを送れ」と集られながら、侑士は何食わぬ顔で「耳、好きやろ?」と訊ねてきた。「好きなもんですか」と答えると、「謙也に色んな耳着けさして遊んどったの知ってるで」と言う。
「遊ぶんは好きや。遊ばれるんは嫌いや」
侑士のドヤ顔が異様に腹立たしく、きっぱり言い放ってやった。
……と同時に、背後で部室のドアの開く音がした。もはや嫌な予感しかしない。
「………」
ゆっくり振り返ると、忽ち私と立海レギュラー達との睨み合い(?)が始まった。双方無言で、重く長い時間が流れているように感じられる。
「ぶはっ」
が、向日君にはやはり他人ごとのようで、後ろで思い切り吹き出されてしまった。
「ゴメンナサイ」
「ごみんね」
「……………すまん」
私の表情を見て、途端に気まずそうにする三人。特に何か思っていたわけではないのだが、好都合なので八つ当たりさせてもらうことにした。
「赤也、私の鞄持ってきて!」
「ウ、ウィッス!」
原因その二であろう赤也が、言ったとおりに私の鞄を持ってきた。らしくなくおどおどしている赤也を後目に、私は鞄を探った。
鞄の中には、家で食べようと思って買い込んだ立海まんじゅうが丁度三つ。
「今日は素敵な髪飾りをどうもありがとう」
「おっ。どーいたしまして。
いいでしょそれ、忍足が選んだんだよー」
「おいジロー!頼む黙れ!」
時々言われる"精市っぽい"というのは多分、今のことを言うのだろう。
私は決して怒らず、至って普通にまんじゅうを三人に配った。向日君の顔が分かり易く青いのが、面白い。
「せっかく来てくれたんだし、おまんじゅうでも食べてゆっくりしていってね」
そう言うと芥川君は「うわあっ!ありがとー!」と無邪気に、向日君は青い顔でまんじゅうの包みを開けようとする。しかし、侑士だけは平常心を保ち、まんじゅうに手を付けなかった。
侑士は明らかに無理をしている向日君の頭を、優しく叩いて「アホ。何食おうとしてんねん」と囁いた。
「え?逆に食べないと怒られるかと」と言うのが、向日君の理由だった。
「……今の内に退散するで」
侑士は二人の肩を抱くように押して、そそくさと去っていった。
さすがは侑士。私の身内。私が次に何を言おうとしていたか、察知していたに違いない。
もう少ししたら、テニスコートの周りを少し走ってもらおうかなんて思っていたのだが――残念だ。
「……先輩?」
「ミーティング、私の所為で中断させちゃったかな。ごめんね、戻ろっか」
「はい」
「そうそう、これあげる。バニーちゃん」
「いらないっすよ!!」
トリック、もしくはペナルティ
「立海まんじゅうウマっ!」
「ジロー……」
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