庭先にて




とある死神が、とある家に仕えることとなり、しばらく。

一時の感情で投げ出してきた前の仕事を気にして、彼女は今日も眠れず夜を明かしていた。死神とは、悪魔と違って睡眠の必要な種族なのにも関わらず、だ。目の下のクマも、大分立派に仕上がってきている。


「はーっ、陽が眩しい……」


寝不足と環境の変化等が重なり大変なようにも思われるが、この家のメイドというのは死神よりも楽な仕事だ。

主人の世話は執事セバスチャンが焼くし、問題だらけの先輩たちが何かやらかそうと、これまた執事セバスチャンがどうにかしてしまう。
そんなわけで、今日もジラはあまり働かせてもらえていない。強いて言えば、先輩のメイドが間違えて使おうとした靴墨を、さり気なくワックスに取り替えておいたことくらいだ。


(こんな風にぼーっとするの、いつ振りだろう……)


暇を持て余したジラは、セバスチャンによって修復済みの庭に出ていた。目を閉じて耳を澄ませると、姿は見えないが、にゃあにゃあと猫の鳴き声がする。


(太陽温かい……)


仮にも仕事中である。いけないとは思いながらも、気付けばジラは自身の瞼の重みに堪えられなくなっていた。


「ジラ。どこにいる、ジラ?」


数十分後。ジラの新しいボス、もとい主人が彼女を探しに現れた。彼の婚約者エリザベスが、ジラがかつて滞在していたインドの話を聞きたがっていたのだ。
ようやく見つけたジラは、ついついクスッと笑ってしまうほど安らかに眠っていた。


「どこにもいないと思ったら、こんなところでサボっていたのか………」


あまりに締まりのない顔をしていたため、シエルは怒るに怒れなかった。呆れも含めて微笑み、彼もジラの隣に腰を下ろした。

いつも座っている椅子の方が座り心地は抜群に良いのだが、温かな日差しに草の匂い、それに優しい風の愛撫が何とも言えず心地良かった。


「……仕方のない奴だな」


シエルはそう呟くと、すっと大きな瞳を伏せた。

そのしばらく後、今度は一仕事終えたばかりのセバスチャンが彼女らのもとに行き着いた。セバスチャンはすらりと長い指を唇に添え、微笑する。


「おやおや」


まるで、仲の良い姉弟がそこにいるようだった。シエルは姉を頼るように体ごとジラにもたれ掛かっていたし、ジラは弟を包み込むように顎をシエルの頭に乗せているのだ。

「はぁ……」

「坊ちゃん、そのようなところで眠っては、お風邪を召されます。
ジラ、あなたは勤務中ですよ、起きなさい」


セバスチャンはシエルを横抱きに持ち上げ、ジラの肩を揺すった。シエルはムニャリともせず、セバスチャンの腕の中で眠り続けている。


「あ……セバスチャンさん、ごめんなさい私……」

「ふふ、久しぶりによく眠れたようですね」

「……ええ、まぁ。そういえば」


そう言ってジラは、優しい目をした。その視線の先では主人が天使の寝顔を晒している。


「嗚呼それと。
ジラ、あなたも一応女性なのですから、拭った方が良いかと思いますよ」

「え?」


ここです、とセバスチャンはジラの口の端を指差した。クスッと嫌みな微笑に、ジラは慌ててハンカチを取り出しぐいぐいとそこを拭う。すると、セバスチャンはまたクスクスと笑い出した。


「―――嘘ですよ。う・そ」

「まったく、あなたという人は……」


口をわなわなさせ、ジラが何か言いかけたその時だった。


「ジラー?シエルー?」

「……エリザベス様がお探しのようですねぇ?」

「ああ、そのしたり顔!………
今行きます!」


とある死神の新たな日常は、このように、時に穏やかで、時に賑やかなものだった。

まだ言葉としては成っていないが、彼女はきっと、今を愛しく思っていることだろう。ジラの口に残った笑顔が、静かにそれを物語っていた。








うららかな午睡



あきゅろす。
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