「会いたい人がいる?」
うす暗い部屋。
炭のはぜる音を聞きながら、シエルは手札の中から一枚選び机に置いた。
「ミーナではなく………か?」
「ああ」
手の中のカードを睨め付け、口を尖らせるソーマを見た。「お前の身の回りの人物はよくいなくなるんだな」シエルの、意地の悪い笑みが光る。
「シエル、お前は顔が広いだろ?
何でもいいから知らないか訊きたいんだ、名前だけでもいい」
「名前も分からないような奴を探そうとしてるのか……」
片手で目を覆い呆れるシエル。
ソーマはカードを全て机に伏せて置き、懐から三つ折りの紙を取り出した。
そして、不思議そうな顔をするシエルの目の前で、べらべらと広げてみせる。
「これは……」
「何か分かるかセバスチャン」
ファントムハイヴの二人にとっては二度目となるソーマ画伯手書きの似顔絵だった。
相変わらずの前衛的センスは、いつも澄ましているセバスチャンさえも困り顔にさせた。
「長い髪に、長いまつげ………。とりあえず女性ですね。
そして額に何もないところを見ると、少なくともインド人ではないように思えます」
「ああ。恐らく英国人ではないかと思うんだ。真っ白い肌に―――」
ソーマの浅黒い指が、とん・と絵の女性の目を叩く。
「黄緑色の瞳」
凛として言い放つソーマに、部屋中が静まり返った。
ぱちぱちと、暖炉だけが饒舌にその声を響かせている。
「ソーマ様、もしやその方は―――」
沈黙を破ったのは、それまで大人しくソーマの後ろに佇んでいたアグニだった。
「いえ、何でもありません」
意外な人物の反応に、周囲の視線は彼に集中される。アグニは少したじろぎながら、じっと主人の開口を待った。
「彼女はどこからかやって来て、アグニと引き合わせてくれた」
ソーマは振り返らない。
まっすぐシエルやセバスチャンを見て「彼女がアグニのことや処刑を知らせてくれなかったら……アグニは死に、俺は今頃独りだった」、と、そう言った。
「その彼女に会って、どうするんだ?」
「礼を言う。
そして、アグニの最高のカリーを食わせてやりたい」
そうか、とだけ言いシエルは頷いた。
似顔絵をセバスチャンに託し、今夜はとりあえず寝ようと机の上にあるカードをかき集める。まだ勝負が付いていないといいたげなソーマはお構いなしだった。
「あの、ソーマ様―――」
「ん?何だアグニ?」
ソーマを部屋へ送りながら、アグニは静かに問い掛ける。
あの絵の女性は、メガネを掛けていたか。スーツを着ていたか。大きなハサミを持っていたか。……
夢中な様子で次々と質問を浴びせるアグニに、ソーマは一言だけ返した。
「アグニ、お前も会ったことがあるのか?彼女に」
「―――――はい」
二人の話し声に紛れて消える、一人の足音。
黒衣のその男は、わずかに唇を撓ませる。誰にも気づかれぬよう、ひっそりと。
(夜が更けていく。彼の夜も、彼女の夜も、等しく去っていく)
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