次吹く風を待つ窓辺(D./アレン)




「何なんさ、コムイ?」


「ああ、よく来てくれたね アレン君にラビ!」

ラビの無線ゴーレムを通じて、急な呼び出しをくらった。僕らの穏やかな休日の午後――とは真逆の科学班たち。

「……もしかして任務ですか?」
「あーいきなりで悪いんだけどさぁ、行ってくれる?」

ああ、これから食堂で甘いものでも食べようと思っていたのに。がっかりしていると、遠くからリーバーさんの怒声が飛んできた。


「サボってるんじゃないやい!!」


うさぎ柄のカップの中身を揺らしながら、彼は言い訳を叫んだ。

「……コムイ、そろそろ中身聞いていーか?」

「あ、そうだったね。
見ての通り僕らはとっても忙しいんだ。」

目の前でのんびりと話す「僕」にはてと疑問を抱くが、ここは「ら」に免じて忙しく困っていると認めることにする。

「忙しいのに、かえでがどっか行っちゃってさあ…」

「…探してこいってことですね」
「うん、そういうこと!流石アレン君!」


(だってもうこれ、何回目なんさ…)ラビに同感だった。

科学班員のかえでは優秀な班員の一人で、他の班員同様いつも忙しく働いていた。僕らは武器の細かい損傷を彼女に診て貰うなどよくお世話になっている。


けど、僕もラビもこの件を渋るには理由があった。


「で、かえでの居場所は分かってるんか?」

「ううん、まったく分かんない!」
「威張って言うんじゃねえ!!困るさコムイ!」
「だってぇ…」


ときどきかえではエスケープしてどこかへと消えてしまう。探すけど絶対に見つからず、貴重な休みがつぶれる。だから渋る。


「――かえでの部屋の合鍵あげちゃう!って言ってもかい?」


そう言って得意気に掲げられたそれは、銀色に光っている。

途端にラビの目は輝き、また僕らはいつものように釣られてしまう。


「ほら行くぞアレン!
今日も元気にかえで探しさー!!」

「ちょっと、ラビ!うえぇぇえ!!?」


ラビに引き摺られていく僕に、コムイさんがそっと鍵をくれた。多分僕らの、彼女に対する好意に付け込んだだろう銀色の餌。


「二手に分かれっか…うし!」

 
ラビは不意にぱっと僕の首根っこを放したかと思うと、脱兎のごときスピードで走ってどこかへいってしまった。




「いーんスか室長?」

「うん、何が?」


僕とラビのいなくなったそこで、リーバー班長がぽつり。何も知らない子供のように問いを問い返すコムイ。


「あんなもん作ったと知れたらかえでに殺されますよ」

「……リーバー班長、かえでには内緒にしてね?」「アンタがかえでの分まで働いたらな」


「兄さん……」
「いーんだ、大丈夫!アレンくんだから。」
 



いつもの要領で、がむしゃらに城内を駆け回った。多分僕とは離れた城内のどこかで、ラビもこうしているだろう。

……かえでの名前を叫びながら。

とても僕には真似できないや、とシニカルな顔をしていると、ある場所で突然ティムキャンピーが静止した。僕も足を止める。


「ここは…」


かえでの部屋の前。
無意識に僕はここをめがけて走っていたようだ。

ふと右手がうずいたので、開いてみる。
さっきコムイさんに渡された、あの銀の鍵があった。


「不法侵入だよなあ…!」
「………。」

元々ティムキャンピーが喋れないのは分かっているが、「さあね」と惚けているようで益々不安を煽られた。

「どこにいるんさかえでー!!!」


反射的に鍵を使い中に入った。何故かしっかり鍵まで掛けて。

ラビは鍵を持っていないから、鍵を閉めた以上ここには来られない。ノックの後ドアノブがガチャガチャと動きハラハラしたが、遠ざかる足音と再び聞こえだした大声を聞いて安心した。


「ここがかえでの…初めて入った…」


明るい。

部屋の壁も白いものだから、目がチカチカした。ぐるりと一望すると、大きな片開き窓の下に人の姿が見えた。


間違いなく、それはかえでだった。


風が吹き、光を帯びたカーテンが大きく弧を描いて膨らむ。その中に潜り込んで、彼女はすやすやと眠っているようだった。


「アレン?どうしてここに…」
「すみません、起こしてしまいましたか」

「鍵が開いていたので、勝手に入っちゃいました。」

「そうなんだ。」


「ねえこっちに来て、アレン!」


寝起きのかえでに誘われて、僕もカーテンの弧に潜る。

丸く膨らんだカーテンの中は部屋よりももっと光が満ちていて、遮られたこの空間にだけ涼やかな風が巡って心地よい。

「いい場所ですね、ここ。」
「でしょ?ここをいつアレンに教えようかと思ってたの。」

屈託のない笑顔が不意打ちで僕に向けられて胸が高鳴る。貴重なものの犠牲は、今の瞬間の為だったのかと納得した。

心臓が活発に動き、顔が火照っていくのを感じた。


「そうだ、アレン。何か用事があったの?」


風が止んだ。するすると、カーテンの丸みはしぼんでいった。彼女は残念そうに、消えた光の空間の跡を見つめている。


「んー。なくなっちゃいました!」
「え?何それ、変なのー」


くすくす笑うあなたが愛おしくて、僕はそのやわらかい頬にキスをした。


「アッ…アレン!!」


さて、もうそろそろコムイさんの所に戻ろう。

そしてラビといつもの言い訳をするんだ。“すみません、いませんでした”って。



「大好きです、愛してますかえで!」



「ちょっ…ドア開けながら大声なんか出さないでよ!」

「…迷惑でしたか?かえでは、僕のこと嫌いだから?」



ただし今回は、彼女の真っ赤な顔に胸をいっぱいにしながらですが。



「私もアレンのこと大好きだけど、愛してるけど、恥ずかしいの!!」


彼女はまた、あの明るい窓辺に座り、風を待っている。

赤く紅潮した頬を冷やす、次に吹く風を。







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