彼女はぜんまい玩具
彼女のぜんまいは 微かに廻る
「…看取ってくれるの、クロス」
「ああ、暇な時間はお前にくれてやろうと思ってな」
彼女はやわらかな頬をあげて微笑する。長い睫毛が項垂れて目を隠した。
「暇だなんてわかりやすい言い訳するのね」
「嘘じゃねェ。本当に暇だっただけだ」
クロスはくすくす笑い黙りそうにない彼女の口を塞ぎ、舌で歯列をなぞった。
「にげえ」とクロスがわらい、「あなたもよ」と彼女がわらった。
クロスの唾液が苦いのは、酒か煙草か 他の女の味か。(もうすぐクロスと別れる私にはどうでもいいことだけれど。)
「なあ。――最期にお前の好きな歌でも歌えよ。聴いてやるぞ」
いま思い出して言ったように、唐突だった。
「歌ってほしい、ではないのね。」
彼女は困ったようにわらうと、衰微を感じさせぬ力強い声で旋律を奏でた。病床の白く明るい闇を、神への祈りの讃歌が大きくゆらす。
「……お前は美しいな。」
ぴたりと彼女の頬に手のひらを添わす。
その冷たさに、ぞくりとした。
「だから、お前の屍も愛してやるぜ。喜ぶんだな」
冷ややかな唇に、紅を塗る。(べったり、と)
「ずっと俺の傍に置いてやる」
彼女はぜんまい玩具
彼女のぜんまいはもう一度
彼女のぜんまいは永久の廻転を始める――――――
聖母ノ骸
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