「ビアンカ、サニーがお前に食わせてえ食材があるって言ってたぞ」
「え、何だろう。ビアンカも興味あるかい?」
「でも二人が同棲しだしたって知ったらあいつ拗ねるだろうな」
「サニーはなんだかんだビアンカに懐いていたからね」
「本当ですか?あのサニーさんがって思うと、僕には想像できませんけど」
ビアンカさんが声を出さなくても、僕ら4人の会話は滞りない。トリコさんは普通にビアンカさんに話しかけるし、ココさんは当たり前のようにビアンカさんの代わりに答える。
占いの時のように電磁波を見て、ビアンカさんが話したいことを感じ取っているのだろうか。(愛のなせるワザ、だなあ……)
「ビアンカさんはココさんとどうやって出会ったんですか?」
「えっそうだなあ……」
僕も、ビアンカさんに話しかけてみる。やはりココさんの口が開いて、僕への返答を考えていた。ココさんはビアンカさんとの仲に関する質問をされると、必ず照れて返事が遅れた。
トリコさんはぷかぷか煙を吸っては吐いて、あまり興味が無さそうだ。
「うーん、どこから話したらいいか」と足踏みのココさん。ビアンカさんは何やらココさんの二の腕を叩いている。
「―――――」
喉の奥からやっと搾りだしたような微かな声が、場を静まり返らせた。誰もが目を見開き、口を閉ざして耳を澄ませた。
やがてココさんがふるふると震えだし、ビアンカさんの肩に左手をのせ、右手で彼女の唇に触れた。釣られるようにして、ビアンカさんの体も微かに震えだす。
「ビアンカ………もう一度、もう一度言ってくれないか……?」
「………… お、お、――!」
「も、もう一度」
「お、お、!」
「っビアンカ!!!」
瞬間的に、ココさんの目には涙の泉が湧いた。そしてすぐに溢れ、静かに静かに頬を伝って流れ落ちていった。ココさんはそれを拭う暇なく、強くビアンカさんを抱き締める。
ビアンカさんも泣きながら、ココさんの広い背中に手を添える。しかし、声を出すことは止めなかった。
「う、嘘だろ……ココの占いの的中率は97%……!到底覆せる数字じゃねえぞ……!!」
ビアンカさんが発した言葉、否、音は「お」を二回続けたもの。一見赤子の喃語のように思える。
しかし、付き合いの深いココさんやトリコさんはもちろん、今日会ったばかりの僕にも。彼女が何と言っているか、よく分かっていた。
『ココ』。
「僕の名前だね、ビアンカ――!」
「良かったなココ!!」
「お、い、お、!」
「ははっ君の名前も呼んでるぞ、トリコ!」
みんなが泣いていた。もともと涙もろい性質も相俟って、いつの間にか僕までもらい泣きしていた。
「ああ、夢のようだよ……この瞬間が、まさかこうも早くやってくるなんて!」
ビアンカさんの声が失われたのは、数年前。あるハントで猛獣に喉を傷つけられてからだそうだ。
喉が治り声が出せる状態になっても戻らず、ココさんの占いでもビアンカさんの声が聞けるようになるのはもっと先のことだと出ていた。
ココさんは根気強く待とうと決心した。ビアンカさんの通訳のような役割を受け持ち、名前を呼んでもらえない寂しさにも耐え今日まで過ごしてきたのだ。
「この調子なら、きっと母音以外の発音もできるようになるね」
「待ち遠しいですね、ココさん」
「なあに。ココの占いに逆らったこいつのことだ、すぐ流暢に話し出すさ」
トリコさんも心底嬉しそうだった。ぐしゃぐしゃとビアンカさんの頭を撫で、にっかり笑っている。
それを見守りながら、ココさんは今にも再び泣き出しそうなほど目を潤ませていた。
「お、お、」
「ん?なんだいビアンカ?」
「ふふふ」
「呼んだだけ、か。ふふっ」
こんな幸せなシーンの中に自分がいるのはとても不思議な感じがするけど、僕まで幸せな気分になった。
「なあ小松」
「何ですか、トリコさん?」
「俺さ、ずっと疑問だったんだよ。どうしてココはあんな頑張れるんだって」
新しい葉巻樹に火を点けて、トリコさんは穏やかな眼差しで二人を眺めていた。こんなに優しい目をしたトリコさんを見るのは初めてかもしれない。
そして、あんなに幸せそうに泣いて笑っているココさんも。
「ただ、名前を呼んでほしい。それだけだったんだよな」
「そうですね―――」
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