3%と母音T(トリコ/ココ)




影のように黒い翼。その羽ばたきに顔を上げる。挨拶代わりに小さく鳴く、絶滅種エンペラークロウ。
この子はキッスという名で、トリコさんと同じく四天王の一人、ココさんの家族だ。


「よう、久しぶりだなキッス。お迎えありがとなー!」


今日僕らはココさん宅へ招待されていた。僕とトリコさんが組んだことを祝いたいのだという。

かぎ爪の鋭い指をわきわきと動かし、音もなく羽ばたいて、如何にも「早く乗れ」とでもいいたげなキッス。
とっても重たいトリコさんだけど、前にもココさんと3人で平気だったから大丈夫だろう。


「おい小松置いてくぞー。さっさと乗れよ!」

「ああーっ、今乗ります!待ってくださいトリコさーん!」


僕の重みを確かめると、キッスはアァと鳴いて大きく羽ばたいた。崖の縁を蹴り一気に上昇する。キッスは先に命じられていたのか、まっすぐ飛んでいく。
断崖絶壁の向こう、木々の絨毯の中、不自然に聳え立つ塔のような孤島のような場所。そこにぽつねんと建つ、イグルー風の家がココさん宅だ。


「ふーっ、相変わらず変なとこに建ってるよなあココんちは!」

「仕方ないんですけどね…… ありがとう、キッス」


家の側に着陸し僕らを降ろすと、キッスは高めの声で鳴いた。すると家からココさんが出て来て、微笑んで僕らを迎え入れてくれた。
僕がここへ来たことがあるのは一度だけだったが、馴染みのトリコさんと同様に、何かが違うと感じた。


「二人ともよく来てくれたね。さあ、座って」

「ありがとうございます」


通された先の食卓にトリコさんと二人で座り、これから出るらしい料理の好い匂いを嗅いでいた。
鼻の良いトリコさんは腹まで鳴らしている。待ち合わせで僕を待つ間、既に街で満腹になっていたはずなのに。


「ところで、ココさんは僕らと一緒に席に着いているのに一体誰が調理しているんでしょう?」

「……さあ?俺は知らねえ。な、ココ?」

「そ、そろそろ料理ができる頃かな。見てくるよ」


知らないと言いながら、明らかに何かを知っているようなトリコさん。わざとらしい振りとニヤついた口元に、ココさんはバッと立ち上がって台所へと逃げてしまった。
「トリコさん、今すっごい意地悪い顔してますよ……」と小声の僕に、トリコさんは悪びれもせず「もともとこんなモンだろ」と、くつくつ笑った。


「おまたせ」


温かくて食欲をそそる匂いが流れてきて、食いしん坊のトリコさんのみならず僕も勢い良く振り向いた。そして、驚く。
トリコさんのために大量に作られた料理を運んでくるココさんの後ろにもう一人、料理を持ってこっちに来る人――女の人の姿が見えるのだ。


「おおーっ!きたきた、うっまそう!!」

「僕と彼女で作ったんだ。遠慮しないで食べてくれ」

「はい!」

「んじゃあ遠慮なく。いただきますっ!!!」


すべて並べられるのが早いか、トリコさんが手を付けるのが早いか。トリコさんは早速用意された料理を食べ始める。
その食欲の凄さにココさんはやれやれと呆れ顔で、まだ紹介されない女の人は嬉しそうに微笑んでいた。


「ココさん、その隣の方は?」

「ああ。彼女は………」


ココさんは隣にちょこんと座っているその人にちらりと目配せする。ある程度の仲なのだろうと思わせる空気を持っているが、ココさんは彼女をどう紹介しようか迷っているのだろう。
ココさんの視線の意図を察したらしいその人はぽっと頬を赤くして、二人ではにかむ。僕は微笑ましい光景だと見守った。


「ビアンカだ。ココのコレ」

「恋人!」

「嫁だ」

「おおおよめさん!?」

「ち、違うんだ小松君!いや大事な人には変わりないんだが彼女はまだ……」

「はあ?まだだったのかよ!おめえらいい加減結婚しちまえ!」

「トッ、トリコ!!!」


なかなか言わないココさんに代わり、トリコさんはあっさりざっくり紹介してくれた。毒ではなく血で顔を真っ赤にして声を荒げるココさん。
ビアンカさんは大男二人の傍らでにこにこしていて、不意に目があった僕に向かって(気にせず食べてほしい、という意味で取ればいいのか)ジェスチャーをした。


「ビアンカさんも食べましょ!僕が言うのも変ですけどね」


おどけてみせるとビアンカさんはクスッと笑った。笑顔が可愛らしい、小柄な(ココさんやトリコさんに囲まれて尚更そう見える)人。
僕がようやく料理に口を付ける頃二人の言い争いが終わった。トリコさんはお腹一杯笑った満足げな顔、ココさんは顔の赤みを残しつつ疲れた顔をしていた。


「ごちそうさまでした」

「あの!すっごくおいしかったです!!あれも、これも!それも!」

「ふふ、ビアンカが小松君のような一流のシェフに喜んでもらえて光栄だと言っているよ」

「んな謙遜するこたないと思うぜ、ビアンカは店いくつも潰してんだからよ」

「ええっ!何ですかそれ!」

「誤解すんなよ小松?こいつの腕が良すぎて、こいつが辞めた後に店はその穴が埋められず潰れちまった……っつー話だ」


食後の葉巻樹の枝をくわえながらトリコさんはビアンカさんのことを教えてくれる。時にビアンカさんの言葉を代弁したココさんのツッコミが入りつつ、談笑は続いた。


「ああ、彼は小松君だよ。ホテルグルメで料理長を務めていて、トリコとコンビを組んだんだ」

「もう知ってるって顔だな。まあそりゃそうか、センチュリースープの完成で今やすっかり有名人だもんな」

「いやあ、有名人だなんてそんな!」


けれど誰も、ビアンカさんが話さないことには触れなかった。いや、触れようともしなかった。


「小松君はいくつなんだい?」

「一応25です。……これでも」

「トリコと一緒か。ふふ、また君が「お姉さん」だなビアンカ」

「ビアンカは「トリコよりお姉さん」って言い方好きだよな、ったく」


そして僕がその話題に触れないよう、話題は目まぐるしく変わっていった。









 



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