「ラビ、中に入りますよ!」
雪のような髪を右腕で庇いながら、アレンは立ち止まる青年に呼びかけた。
「まだいる、先に入っててくれ!」
青年の明るいオレンジの髪は朽葉、皆とお揃いである黒い団服はより重厚な闇色へと変わっていた。
「まったく……」
並以上に聴覚の優れたラビの耳に水を叩く靴音に紛れた溜息が聞こえる。
「ラビ!」
と、前を走る数人の中のひとりが両手をメガホンのように口に当てて、後ろを振り向いたのが見えた。
「風邪ひくよ!」
深い翠のツインテールを重たく揺らすリナリーが心配をしたのだ。
ところが、返事を待つ間なく彼女は再びラビにその背を向けざるをえなかった。
「放っておいていいんですリナリー」
「え?」
「ラビは風邪を引きたいそうですから」
やっと教団の建物の門をくぐりながら、アレンはきっと皮肉まがいの微笑を見せてリナリーに言っているだろう。
病気はラビの薬になるんです、と。
「だから……
病人として来られたら困るってば」
溜め息混じりに、看護婦はラビの口から温度計を抜き取る。
「これじゃ看護士と病人、仕事の関係にしかならないじゃない。」
看護婦は熱いラビの手を払うと、絞りたての冷たいタオルを額に乗せた。
そして、気持ちよさそうに目を閉じたラビを見て口元を緩ませりんごに手をかけた。
「まだ怪我じゃないだけマシだけど。」
こっそりタオルの下から目を覗かせ、りんごの上を滑るナイフの動きを見た。
みるみるうちにりんごは赤い皮を剥かれて白くなる。
「シャイなどこかの誰かさんには、親切な逢瀬の仕方なんじゃねえの?」
「でもラビには普通に会いたいな…」
つるんと光る皿に切ったりんごが並ぶ。
フォークでさくりと刺され、ひとつがラビの口に運ばれた。
「いつも心配しっぱなしなんだから」
「ありがとなー」
「お前はいっつも優しいけど、俺が風邪ひいたらもっと優しんだよな」
看護婦はなにそれ、と笑う。
りんごを噛み砕きながらのもごもごした言葉に笑う彼女には、少し照れたらしい頬の赤らみが窺える。
「いやな、それってすげー嬉しいんさ」
ずり落ちたタオルを片手で押し上げると、前髪がくしゃりと折れ曲がっていた。
そろそろタオルが温くなったななんてと思っていると、手が伸びてきてタオルを攫っていった。
「……お、テレパシー」
「ありませんそんなもの」
「うっそだぁ。俺は信じてるぞ!」
掛け布団の捲れた端を掴んだまま、「馬鹿じゃない」とでも言いたげに彼女はベッドの中の恋人を見ていた。
「だって俺、お前が世界一好きだから…」
「ぶっ!」掛け布団が荒々しく頭の先まで被せられる。
直後、反射的に掛け布団よけようとしたのだが、強い力がかかっていて叶わなかった。
「もう、ラビはここに来ないで!」
ガタン!と物音のあと急に軽くなった胸の圧力に、ラビは柔らかな掛け布団をよけた。
グルグルと床の上に踊るイスの向こう、真っ赤な顔を両手で隠す恋人がいた。そして、彼女は真っ赤な両耳は丸出しにどこかへ逃げていく。
「あーあ、
次からどこでどう会えばいいんさ?」
ラビは楽しそうに口を歪ませながら、残ったりんごを口一杯に頬張った。
恥ずかしがり屋のあの子が、やっぱり可愛くてたまらない。
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