静かに鳴り続けていた、筆の滑る音が途絶える。
六番隊隊長・朽木白哉はコト、と筆を置き、正面を見渡して眉間に皺を寄せた。
「…誰が入って良いと云った、」
恋音。
白哉は睨みの利いた低い声を響かせる。
「まあまあ、固いこと言わないでよ」
腕を頭の後ろで組み、にへらと女はやわらかく笑った。まったく女には怯む様子がなく、白哉は思わず溜め息を吐いた。
「そうだな…今更私が何を云ったところで、最早お前は聞く耳持たぬのだろう」
「当ったりィ。
流石、白哉は付き合いが長いだけあってあたしのこと良く分かってるね!」
「………今のは褒めた、のか」
「もちろんもちろん」
厳格な白哉と奔放な恋音。二人はまったく違う人間…否、死神であるが、仲が良いことでそれなりに知れ渡っていた。
事実、製作が難航していた朽木白哉の写真集を出版まで漕ぎ着けたのは、何を隠そう彼女・阿散井恋音なのである。
「それでさぁ白哉、あたしの可愛い恋次を知らない?」
家も六番隊舎も探し回ったけど見当たらないのよね、と言って、恋音は小さな箱を白哉に見せた。
「何だそれは「あっ、もしかしてお出かけ中?任務だ!?」
「……恋次は健康診断で四番隊に行っている」
「あ、そっか、そりゃ見つからんはずだわねー。」
台詞を遮られても平静を装う白哉に対し、恋音は気にするはずもなく、一人の世界にいた。
「じゃあ四番隊舎の入口で待ち伏せるかー…。あたし出入り禁止だしィ、」なんて、独り言には聞こえない独り言を続けている。
「それで、その箱は何「んー邪魔してごめんね!ありがとー」…ああ。」
「…………恋音め…!」
「だが…今回はやられるばかりの私ではないぞ…!」
「に、兄様?」
肘を机の上につき、組んだ手の上に顔を伏せている。そんな白哉のいる隊首室は異様な空気に満ちていた。
恋音と入れ替えでやって来たルキアが、思わずびくりとしてしまったほどだった。
「……ルキアか」
「恋音殿と何かあっ「その名を云うな」――はい。?」
「奴め、私を何だと思っている……」
とんだ八つ当たりである。
ルキアは恋音が持っていたのと似た箱を白哉が見えるか見えないかという位置に持ち、何とも苦々しく笑った。
「兄様、バレンタインデーというものをご存知ですか?」
「………」
不機嫌オーラを放つ兄相手に何とか話題を繰り出したルキアの勇気が功を奏し、白哉の眉間の皺が消えた。
ルキアは突破口を見出したその勢いのまま、抱えていた箱を差し出した。
「この箱が何だと?」
「開けてみてください。…その、形に自信は余り無いのですが……」
「チョコレート…か。」
「はい。バレンタインデーというのは、女性が大切な人にチョコレートを贈る日らしいのです。」
白哉は、妹が手作りしたうさぎ型のチョコレートとその箱を見詰めたまま黙り込んだ。
頭の中には、先刻慌ただしく出て行った恋音が持っていた小さな箱が思い浮かべられている。なるほど、あれは大切な弟へ贈るチョコレートだったのか、と白哉の中のモヤモヤに決着が付いた。
「嗚呼、兄様。恋音ど…恋次の姉上殿から兄様へ預かっていました!」
「………何?」
もう一つの箱を差し出し、「いつも弟の面倒をみてくれてありがとう」だそうですよ。と微笑むルキアだが、白哉は怪訝そうな顔を止めない。
「私は自分で渡した方が良いと云ったのですが、何やら気恥ずかしいとかで逃げられてしまいました。」
「…そうか………」
くるりとルキアに背を向け、恋音からだという箱を開けて覗き込む。
茶色くつやつやとした、「わかめ大使」を象ったチョコレートが潜んでいるのが見え、白哉は不意に口角を上げた。
わかめ大使チョコを取り出すことはせず、白哉はそっとそれを机の中にしまい込んだ。
「びゃっ白哉ああ!!!」
「恋音殿。」
「ちぃーすルキアちゃん。……白哉、恋次いなかったよ!嘘つき、酔った乱菊にとっつかまってたっつの!!」
「…ふ、私を無碍に扱った報いだ。」
「白哉のばーか!嗚呼、腹立つわぁ一角のはげ頭でもぶん殴って来ようかな!」
恋音は威勢良く腕捲りをし、白哉との言い争いを見守っていたルキアを捕まえた。
「ちょ、恋音殿!」
「ルキアちゃん?いつまでもこんなヤツと同じ部屋にいちゃいけない。」
何やら怒りに任せた荒々しい歩調に、ルキアは付いていけていない。
「し失礼します「そんな挨拶いいからいいから!」はぃ?」
「白哉!」
「…………」
「あっかんべーっ!」
子供っぽい君と子供っぽくないチョコレート
いつも嫌いだ嫌いだと騒ぐのに、恋音が白哉に宛てたチョコレートは、彼の嗜好に叶う形とほろ苦さをしていた。
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