謎のビショウジョ




「ユ!
ユユユユユ、ユウジ!!」


開店して数時間。俺たち男子テニス部の女装喫茶も、ぼちぼち賑わってきた。

客引きだったのが厨房に回されてから間もなく、さっきまで一緒に客引きしていた先輩が俺を呼びに来た。先輩は血相を変え、何やら尋常ではない雰囲気を放っている。


「どうしたんですか先輩、顔悪いで」

「俺イケメン!! ってそれどころやないねん、大変なんやって!」

「何すか?」

「やばいで?今ウチの店にめっちゃ美少女おんねん!!あんな子そうそうおらへんから!」

「はぁ。で、何で俺に報告するんですか?」

「注文取ってきて」

「は?」

「ホンマやばいねんて!俺緊張しすぎて店に連れてくるだけで精一杯や!!お前女の子興味無いから平気やろ?!」

「無いっすけど。そんなら財前でもええやないですか」

「あいつはサボり!人混みに紛れて消えよったわ!」


この先輩からのこの頼みに、正直驚いていた。

先輩は四天宝寺で知らぬ者はいないほどの有名人である。それもプレイボーイという意味で。そんな目の肥えている先輩が、一人の女の子に緊張して仕事が出来ないと言うのだ(どんだけ凄いねん、その"美少女")。


「ほな頼むで!俺厨房入るし」

「ちょっ!俺行く言うてませんよ先輩!!」

「任したでユウジ!」


ところてんのようにツルンと押し出され、厨房から追い出された。俺である必要性が理解できないまま、渋々ホールへ出る。そうして"かの美少女はどれか"と教室内を見渡すと、自分自身で引くほどすぐに見当がついてしまった。

入口で放置され、困り果てている女の子。俺は厨房で働く先輩に対して溜め息を吐いてから、迷わずその子に声をかけた。


「お待たせしました。席案内しますね」

「さっきここで待つように言われたんですが」

「ああ、俺その人の代理やから」


もう一人いるとのことで席に案内し、さらっとメニューの説明をする。彼女が注文を決める間、失礼ながらじっくり観察させてもらった。……確かに先輩の言うことに間違いはない。女、むしろ小春にしか興味の無い俺にも「ああ、美人さんやな」と理解できるレベルだ。


「注文、ええですか?」

「お。はい、どうぞ」


そして間もなく彼女の注文が決まった。俺はそれをメモに取りながら、考えごとをした。引っかかるのだ。赤い髪。ちょっと憂いのある無表情。女慣れした奴さえ緊張させる"美少女"。
情報が頭の中で巡る。しかし、なかなか繋がらない。


「―――ですね?」

「はい」

「少々おまちください」


俺の汚い字のメモを握り締め、厨房へと戻る。ちらっと振り返ると、独りになった彼女はそわそわと落ち着きがなく、不安そうにしていた。それから、店内の視線をこれでもかというほど集めていた(無理もない、あの有り得へん髪色と見た目や)。








「……お前ら仕事せえや」


厨房は異様に静かだった。他の客も待たせているというのに、誰一人として働いていない。みんな、"美少女"がケイタイをいじっているのをこそこそと覗き見ていたのだ。


「おーい、交代やでー」

「ケンヤ。白石も」

「おうユウジ、お疲れさん。戻ったでぇ」

「白石、小春は?!俺の小春!」

「小春はそのまま客引き行ったわ」

「そんなー……」


交代の時間を迎え、自由行動していた白石とケンヤが帰ってきた。残念ながら、小春は店に戻らずそのまま客引きを始めたらしい。

「ところで……」と、白石もケンヤも視線をある方へ向けた。彼らが気にするのはやはり、密集しホールを覗き見している奴らのことだった。


「何なん、あれ?むさ苦しすぎるやろ」

「あー……"美少女"ウォッチングや」


白石が苦笑いをする。
まあ、妥当だろう。


「淀川先輩が恐れおののいて、俺にパスしたほど女の子がおってな。代わりに注文取って厨房戻ったら、もうこの有様や」

「いやいやいや。ヨド先輩が無理って何やねん!有り得へんっちゅー話やろ」

「……それが、有り得たからこうなっとるんやんか」

「ともかく、注文こなさんとその子にも他のお客さんにも迷惑やろ。ユウジ、注文書見して」


無駄を嫌う白石は、他の奴らのように覗こうとはせず、テキパキと働き始めた。それを見て、ちょっと気にしていたケンヤも他のお客さんの注文したものを用意し出した。注文は注ぐだけの冷たい飲み物とすぐに作れる物のみだったので、準備はあっという間に終わった。


「噂の彼女のテーブル番号は……。
ほな、俺行ってくるわ」


白石はあっさりそう言い放つと、例の"美少女"の注文したものを持って厨房を出て行った。








「おー!噂の美少女ってエアちゃんやったんか!わざわざ遠いところからありがとうなぁ」

「噂の……? あ、久しぶり蔵くん。蔵くん美人さんやんなぁ。なかなか様になっとるで」

「それガチでって意味やろ!あんま嬉しないわ」

「ふふふ」


白石の楽しそうな声が、厨房にまで聞こえてくる。
「ん……?"エア"、ってケンヤのイトコとちゃう?」白石と"美少女"の会話を聞いていた耳の良い奴が、ぼそりと呟いた。


「何やと?!!」

「あっおいケンヤ!」


俺の頭の中で漂っていた情報が、音を立てて繋がった。なるほど、日頃ケンヤがしていた自慢話の内容そのままだ。
溜まっていた注文の最後の一品を仕上げていたケンヤは、"美少女"の名前を耳にして慌ててホールへ飛び出していった。俺もケンヤの後に付いていく。









「マ、マジでおった……」

「あっ謙也さん!!!」

「ぐふっ!」


ケンヤが駆けつけると、彼女の目は冗談みたいにキラキラと輝きだし、勢い良く立ち上がって飛び付いた。
大注目の人物の突然の行動に、周囲はざわついた。あの大人っぽい物憂げな様子は幻だったのだろうか。今の彼女はまるで別人だ。


「何で来たんや。来るな言うたやろ?」

「せやかて謙也さんに会いたかったんやもん……しゃあないやろ」

「あかん、俺今めっちゃケンヤになりたい」

「落ち着け白石」


どうやら彼女が来たのは、ケンヤにとっても予想外のことだったらしい。大方女装姿を見られたくなくて、文化祭のことを内緒にしていたか、来ないように言いつけるかしていたのだろう。
落ち着いて席についた彼女は、ぬるくなったホットケーキを食べながら、じっとケンヤを見つめていた。


「ぷっ……。あはは!謙也さん、女の子の服全然似合わへんな!!」

「当たり前や、あほ!」

「それがええんやないの?可愛いで?……っく」

「あほなことばっか言うてると、そのホットケーキ俺が食うてまうからな」

「それはあかんて!ごめんなさい」








「ところでお前、一人で来たんか?人見知りやのに」

「私一人で違う学校進んだんやで、もう大分治ったわ。……って言いたいとこやけど、今日は翔太と来ましてん」


と言うが、彼女はここに来たときから既に一人だった。翔太というのはケンヤの弟だが、それらしい子どもは見当たらなかった。「おらへんやん」というケンヤのツッコミに、俺も白石も内心頷いた。


「……はぐれてしまいました」

「まあ、あいつチョロチョロしとるからなあ」

「途中まで手ぇ繋いで捕まえとったんやけど、友達に会うて笑われてから繋いでくれへんくなってなー」

「で、その友達のとこに行ってしもたんか?」

「多分。もしもの時は謙也さんとこ集合なー言うとったんやけど……」


「独りで来られるやろか」と心配する彼女に対し、実の兄はあっけらかんとしていた。「遅かれ早かれ、嫌でも来るやろ。テニス部の誰かが面白がって引っ張ってくるんとちゃう」なんて言う。

それは確かなことで、「エアは翔太に甘過ぎるっちゅうか、何もできんと思ってガキ扱いし過ぎなんや」とケンヤが続ける間に、新たな客がやってきていた。


「はいはーい、弟くんのご来店でっせー」

「翔太っ」

「小春ぅう!!」

「な?」

「……ケンヤ、エスパーやな」

「?蔵リンてば何言うてんの?」


髪が黒くて小さいケンヤのような翔太。連れてきたのは俺のパートナーだった。タイミングの良さはさすがだ。翔太はケンヤに「エアから離れるんやない!」と一言怒られてから、"エア"と一緒の席に落ち着いた。









「エア、こっちがユウジ。こっちが小春や」

「ユウジくん、小春……。いつも謙也さんがお世話になっとります」

「何で小春だけ呼び捨てなん、姉ちゃん」

「んー……君でも、ちゃんでも無いような気がして」

「"さん"があるやん。なぁ小春?」

「んー、ユウくんはそう言うけど、アタシは別にこ・は・る・でええで〜」

「ありがとう。私、忍足エアです」

「よろしゅう」

「やっぱり苗字も同じなんやね。エアって読んでええ?」

「ええよー」


ふと気付くと、周囲のざわめきは様々な談笑に、このテーブル以外の客もごっそりと入れ替わっていた。どうやら覗きをしていた奴らは散り、白石達と同じシフトで戻ってきた奴らが店の中が動かし出したようだ。
そんな今では、むしろ俺たちの方が仕事をサボっている側の人間となっていた。


「え、兄ちゃんどういうことなんアレ?姉ちゃんの社交性めっちゃ上がってるやん」

「エアも俺らの知らんところで成長しとるっちゅーことや」

「……はっはぁ。ケンヤ、実はちょっと寂しいんやろ」

「なっ何でやねん!あほちゃうか、何言うとんねんまったく白石は……」


すっかり時間の概念も無しに話に花を咲かせている俺たち。その背後に、少々肩をいからせた"女子"が忍び寄る。


「おーい、白石もケンヤも小春も何長々サボってんねん。働けや!」

「あ、エアちゃん、あれが小石川。ウチの副部長や」

「そうなんや。私ケンヤさんといとこで忍足エア言います」

「ああ、あんたがケンヤ自慢の。俺は白石の言うた通り、副部長やらしてもろてます小石川です。よろしゅう……って誤魔化すな!!」

「いやーん、ケン坊が怒らはったわぁ」

「……しゃあない、働くか。ほな、翔太はちゃんとエアと帰る。エアは変な奴に絡まれんようにな」

「あっ謙也さん!その前に、一緒に写真撮ろ」

「それだけは無理や!なんぼエアの頼みでも!!」

「大丈夫やエア、アタシがちゃんと撮っといたるから。せや、メアド教えて?」

「おおきに!赤外線でええ?」

「こらこらこら!ちょい待たんかい!!」


四天宝寺イチのプレイボーイ・淀川先輩を緊張させる美少女来襲事件は嵐のように展開し、あっという間に終結した。美少女ことエアは不思議なもんで、するりと俺たちの中に入ってくる。極自然に、かつ不快感のないように。

翔太とエアが学校を見て回ると言うので、唯一暇な俺は、成り行きで翔太とエアを任されることになった。


「エアは何で立海入ったん?」

「あんな、姉ちゃんな、祖母ちゃんに『エアちゃんは独りじゃ何もでけへんのやから、謙也の行く四天宝寺か、おかんがおって侑士も行く氷帝のどっちかにせななぁ』言われて腹立てて大阪飛び出したんやでー。びっくりやろー」

「翔太、恥ずかしいからあんまそういうこと人に言わんといて……」


俺たちは中学2年生。つまり、エアがケンヤ断ちして2年目だ。それでさっきの激しい再会を思い出すと……あまり巧くは行っていないように思えた。






初めは何で俺が、と思っていたガイド役もなかなか楽しくてあっという間だった。
ついつい文化祭と関係の無いテニスコートまで案内してしまったが、エアと翔太も喜んでいるから良しとする。


「今日はありがとう。お陰でええ思い出んなったわ!翔太もユウジ君にお礼言って、」

「おおきに!四天宝寺通うん楽しみになったで」

「そらよかったな。ほな、二人とも気ぃ付けて帰りや」


俺は人の世話なんて焼くタイプではなかったはずなのに、気付けば二人の心配と、手振り付の見送りまでしていた。

ここまでさせるとは、"美少女"恐るべし。










ユウジと忍足♀



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