午前零時、廃れた建物の一室の小さな三度のノック音。もう何度も読んだ結末を頭に思い浮かべつつ、読みかけの本にしおりを挟む。
次は喜劇的なものを買おう―――そう思い、軋るドアノブをひねる。
「クローム。」
部屋の明かりが照らし出したのは、頭頂で髪を跳ねさせた特徴的なヘアスタイル。右目の黒い眼帯を飾るシルバーのどくろが、黄色掛かった白い光に光っている。
「……今晩だけ、一緒に寝ていい?」
自分の枕を抱えたクロームを、二つ返事で快く迎え入れた。クロームは垂れ下がった眉根を戻して安堵し、嬉しそうに礼を言った。
「新月の夜は何故か人肌が恋しくなるよね」
「……そう?」
「じゃあクロームはどうしたの?」
同じ気持ちでここに来たのだと思い込んでいただけに、クロームの返答に驚いた。狭いベッドに無理矢理枕を2つ並べ、不思議に思いながら問いかける。
クロームは自分の枕を拾い上げ、三叉槍のパーツと共に抱きしめた。
「あなたが、さびしそうな顔をしてたから…。」
「そうかな?
あ、お腹が減ってたからかも」
「そうなんだ…」
暗やみの中の白いベッドに、2つのふくらみができる。小さく「うそつき…」と声がしたのは、そのあとのことだった。
眠れず、唸りながら右に左にごろごろと方向転換をくりかえす。気持ちよさそうにすやすやと眠るクロームに手を伸ばした。クロームの額に掛かる紫がかった黒髪をよけ、軽いキスを落とす。
するとクロームの小さな手が伸びてきて服の下に潜り込んできた。ほのかなあたたかさが、腰に巻き付いた腕から肌に伝わってくる。
「……好き」
クロームは甘える猫のように、腰に巻き付けた腕を頼りに抱きついてきた。
「私もだよ。」
少女の背に耳を当て、クロームはほっとしたようすで目を閉じる。
「ほんとう?」
「…骸様よりも"好き"?」
「うん、もちろん。」
「…ふふ。」
クロームの涼やかな声が、喜びに満ちたものとなったように感じる。「変なクローム」と笑うと、「だって、一番ってうれしい」と返ってきた。
「…クロームはここにいるんだもん。当たり前だよ」
骸みたいに…と続けようとする少女の背を、クロームはそっとさすった。
雨が降りそうだから、と。
(――――クロームったら私の本読んだ?)
(わたしの愛は増すばかり)
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