Incubo(獄寺+?)




屋敷のやけに奥まったところに重厚な扉があった。幾度もの発砲の反動で痺れた右手では扉を開けるには力が足りず、体の側面で押してやっと開けば、別世界が広がっていた。何も無い部屋。


「なあ青年、私の部下たちは皆無事に神のもとへ行けたと思うかい」


耳鳴りのうるさい場所だ。この部屋が真四角の箱の中のような感覚がするのは、ベッド以外何も無いからだろう。


「さあな、地獄へ落ちたかも」

「そうか」


女の声はとてもか細く、虫の羽音に耳を澄ませているようだった。

扉を開くとまず、五メートル前後あるだろう大きなステンドグラスが見える。(左右には文字通り、何もない。)ステンドグラスには裏から月明かりが差していて、手前の質素なベッドは染めたようだった。


「君は私を天へ送りにきたのか」
「ああそうだ」

「それはありがたいね」


どくん、
心臓が嫌な跳ね方をする。


「そうだ、」


女が顔を上げたときだった。


「青年、君の名は?」

「んだよ…」
「私なんぞに教える名は無いか?」


「……そうじゃねえ」


女の頭に向けた銃がカタカタと揺れる。体の芯は凍えるように冷たいのに、皮膚からは汗が噴き出した。


「何だ、是非とも殺す前に言ってくれ。」


女は聞かなければ死ぬに死ねない気持ちだと呟く。視界が揺れ、気をしっかり持たねば目が見えなくなってしまいそうだった。殺されるのは自分ではないのに。


「獄寺隼人」
「……そうか、ハヤトか。いい名だ」


人を殺めるのは、これが初めてではないのに。いや、そのときだってこんなにも震えたことはなかった。
それでハヤト、何故お前は私を殺すことに迷いがある?と、線の細い声が刺さる。



「おふくろが……お前に、」


「似ているのか。」
「…………」



二人はしばらくの沈黙を経て、女がふっと笑った。そして一言、「それは悪いことをしたな」と呟いた。



「私にも息子がいたよ。君に似て、良い目をした子だった。」
「情湧かそうたってそうはいかねえぞ」
「ああ、もちろんだとも。」


「しっかりと殺せよ、ハヤト」


向けられた銃口を自ら掴んで引き寄せ、女は微笑んだ。

獄寺の目をまっすぐに見据えながら。



「畜、生がッ………………!」









なるほど、まるで悪夢じゃあないか



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