孤独




目が覚めると少女は独りだった。




「お父さん、ムクロくんに会いに行ってくるね?」


少女がベッドの上から去ろうとも、「科学者」は気付かない。少女の重みが移動して、簡素なベッドがギシと鳴る。
父と呼ばれた「科学者」は、薬の完成を、くたびれてひしゃげたノートに記すことに夢中になっていた。


(ムクロくんいなかった……)


日も暮れてきた頃、少女は友人である少年を見つけられないまま部屋に帰ってきた。父の姿は部屋のどこにも見えなかった。あれほど悪寒がしたあのベッドに再び腰掛けて、父を待った。


「すばる早くおうちに帰りたいよ、お父さん…。こんな暗くて怖いところに一人でいるなんて寂しいよ……」



「あの男なら、もういませんよ」

「ムクロくん…」


誰もいないベッドに少年は、「すばる」と言葉を掛けた。少女は驚いてベッドを飛び降りる。


「わたしが、見えるの?」

「…ええ、君の父親にあなたの姿は見えていなかったようですがね」


少女の父親だけではない。少女が少年を探している間に出会った白衣の男性も友人たちも皆、存在を認知した者は誰一人としていなかった。そうして、短い時間で少女は自分が独りぼっちであることに気付いていた。


「私、死んじゃったの?」

「なぜ?」

「だってムクロくんにしか見えないんだよ。お父さんも気付いてくれなくて……っ。何も触れないし…幽霊みたい」


少女はまたびいびいと泣き出してしまい、少年はすこし眉をひそめた。そして、後ろ手に隠していた槍の先のようなもので少女の首をざくりと斬りつけた。斬りつけたと言っても傷は浅く、血はそのへんの布で抑えられるほどだった。


「痛いですか?」

「痛い。血が出てる。」

「幽霊には不可能なことではありませんか?君は人間ですよ。ただ、透明なだけのね。」


少年は鋭利な先端に鈍く光る少女の血を、柘榴の色のように赤い舌で舐め取る。少女はその光景にぞくりと背筋を凍らせたが、自分が生きている証を得た気がして安堵した。


「ムクロくんの目はどうしたの?」


安堵したついでに気付いた、変化。

かつて少年の瞳は二つともきれいな空色をしていた。少年の左目のまわりには痛々しい痕が酷く残っていて、その左目の瞳は今では、おどろおどろしい血の色をしていた。


「いたい、ムクロくん?」
「いえ。さほどは。」


「……怖いですか」

「うん。」


少年はふ、と笑って鉄の臭いのする手で黒い髪を撫でてやる。異質な臭いを嗅ぎ取った少女の顔は、密やかに曇った。


「そうだすばる。」

「なっ、に?」

「君の父親が、君のいないベッドに話しかけていました。これを、渡したつもりだったようです」


少女――すばるは、少年の呼び掛けにびくりと肩を跳ねさせた。そして手渡された物を受け取ると、それを珍しそうに、しげしげと見つめていた。すばるの細く短い指には嵌らない大きすぎる指輪。海の底のように暗く深い藍色のストーンが光っている。


「エストラーネオ……って?」

「……すばる、君には知らねばならないことがたくさんあります。」


裏側に小さく掘られた文字を読み上げると、少年――骸の表情が冷めて辛くなったのを、すばるは見逃さなかった。


骸は幽霊のように透明な手を掴んで、すばるをある一室へと導いた。今朝父に連れられた時と同様すばるはその部屋に入ることを拒んだが、裏腹に開いたドアの向こうから目が離せずにいた。


「血…が………
「エストラーネオとは。」


「マフィアです。僕らはここの科学者達の実験体とされ、日々耐え難き苦痛を強いられた。実験体として僕たちの行き着く先は死か、あるいは異形のものへの変貌だった。」


語る骸の表情はみるみるうちに憎悪に満ちていく。そして、真っ黒な憎しみで染まった笑みを浮かべて足元に転がっていた頭を踏みつけた。不規則な放射状の褐色の血の花。その一輪の真ん中で、骸はけたけたとわらう。


「クハハハハハ………!!」


すばるは、骸の足の下にある顔にいやと言うほど見覚えがあった。吐き気が、止まらない。




「おとうさん………」















あきゅろす。
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