2011 B.D.




(ああ、2月4日過ぎちゃったな)


目が覚めると部屋は真っ暗で、窓ガラスの隅には月がぽつんと浮かんでいた。

街灯の明るさに阻まれて、星はよく見えない。紺碧の空に唯一はっきりと見える白いその点は、画鋲で開いた穴のように小さかった。


(帰りたかったなあ……)


曖昧な星明かりのようにぼんやり思い描くのは、いつだって暖かく自分を見守ってくれるあの人の笑顔。


(会って、おめでとうって言いたかった)


"跳ね馬"ディーノ。

同級生で、キャバッローネファミリーの若き10代目。そして、ひたきの愛すべきボスだった。


(抱き付いて、頬にキスをして、真っ赤なディーノの顔を見て笑って、おめでとうって言いながらプレゼントを渡すつもりだったのに)


ディーノの耳にピアス穴が無いのは知っていたが、彼に似合うピアスを見付けて衝動買いしていた。

意識が徐々に冴えてきて、ピアスをもう一度手に取って眺めようと思ったとき、ひたきは右手の自由が利かないことに気付いた。よく見ると、誰かの手と繋がっている。


(まさか………)


大きくて骨張った男の手、その側には、鮮やかな金色の髪に覆われた寝顔。伏せられた髪と同じ金の長い睫。

なるべく右手を動かさないよう上半身を動かすと、ぼとっと何かが膝の上に落ちた。ひたきはクス、と笑う。顔を隠している髪を掻き分け、見えた額にそっとキスをする。


「………んん」


くすぐったそうにその男は唸った。そして、彼の鳶色の瞳が満ちひたきの顔をうつし込んだ。


「おはよう、ディーノ」

「はよ」


手と手の結び目に空いていた左手を重ねると、ディーノはふにゃりと微笑んだ。まだ覚醒できていない、締まりのない顔だ。

ひたきは夢だと思った。先日流れ星を見かけたとき、ふいにディーノの顔が浮かんだ。この彼はそう、幻で、まだ自分は寝ているのではないかと。


「へへ、来ちまった」


彼は今ごろ、母国イタリアで誕生日パーティーの余韻も無く働いているはずなのだ。それが、こんな突然目の前に現れるはずがない。


「タオル温まったな。替えてくる」


そう言うとディーノはひたきの手を放して立ち上がり、ぬるい濡れタオルを持って去っていった。

それまで繋がっていた手が、ぬくもりを失いすうっと冷えていく。


「うおっ!!!」


ディーノが寝室を出て間もなく、そんな声と複数の派手な音がした。ひたきには、ほぼ同時のそれらを聞き分ける自信があった。

まず、どたっ!はディーノが転んで床に体を打ちつける音。そして、がらんがらんっ!、ばしゃっ!が水の入った桶を落とした音。更に、ガチャン!は恐らく観葉植物が倒れ陶器製の鉢が割れた音だ。


(夢じゃない………)


ひたきは急に頭痛が始まったような気がした。

しかしこれでこそ彼、という感じのリアルな展開に、少し嬉しくなった。夢ではなく、本当にディーノが手を握っていてくれたのだと分かったからだ。


「ディーノ、ありがとう」

「ん?」

「わざわざ日本まで来てくれて」


それまでの暗く、寂しい雰囲気はどこかへ消えた。ディーノがいるだけで、曇天に穴が空きぱっと明るくなる。ひたきがディーノを尊敬しているのは、彼のそういう力を持っているところだった。


「ああ………いいんだよ。
俺が、その……お前に会…………」


スクアーロがXANXUSに魅入ったのも"力"だったが、ひたきがディーノに魅入った"力"は意味が違っていた。



「―――ごめんよく聞こえなくて。私に、なに?」

「いいいいや、何でもねえよ!ツナとかリボーンにも久しぶりに会いたかったし礼なんて言うな、ってことだ!うん!!」


だから気にすんな、とディーノは大袈裟に笑ってみせた。

ひたきは話をしながらもう一度右手を見つめていた。あんなふうに手を繋ぐなんて、いつ以来のことだっただろうか。つい嬉しくなって、頬が緩むのを感じる。


「な、何にやにやしてんだよっ!」


ディーノが顔を赤くして食い下がる。
ひたきは何も答えない。


「何でもないって」


考えていることを素直に話せば、彼はもっと照れてしまうだろう。


「ディーノ、耳貸して。」

「ん?」


(私、あなたがいないとだめみたい。生まれてきてくれて、ありがとう)

ひたきはそんな台詞が囁けるようになることを待ちながら、今日も彼と向き合っている。


「誕生日おめでとう」


今は、ここまで。


「どわっ!!み、耳に息かけんなよ!」

「油断大敵でしょ?」


来年の彼は照れずに聞いてくれそうだろうか。

ひたきは、きっと一生言えないんだろうなあと感じている。しかし、そんなディーノが愛しいのだから仕方がない。











小さな月の夜の訪問者



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